t自分の歌を歌おう

(5)呼吸論 本当の腹式呼吸とは何か?


○呼吸法

 よく「腹式呼吸とか、呼吸法を教えて欲しい」といわれます。腹式呼吸は誰でも普段からやっています。腹式呼吸と胸式呼吸がわかれているわけではありません。腹式ができない人というのは、いないわけです。

 ただ、歌やせりふに必要とされるハイテンションでの舞台での表現に、体が対応できないと、不用意に動いてはいけないところが動き、音声の世界がくずれます。胸や肩などに余計な動きが目立ってくると胸式といわれます。

 ともかく、腹から声が出ているという感じになっていないから、問題が起きます。そういうことに対応できるために、強い呼気機能とコントロール力を日頃から鍛えておくことが必要だということです。

 最近は、私は腹式呼吸や呼吸法というよりも、深い息といっています。つまり、そんな方法があるのでなく、使い込まれた程度、鍛えられたレベルのことだからです。

 呼吸のトレーニングは、息での声のコントロールをできるようになるためにやるのです。


○正しい腹式呼吸のマスターとは

 とするなら、呼吸は、自分が必要とするのに最低限、必要なところまで、保てればよいということです。音声の世界での必要に基づいて、伸ばしていくのが理想です(若いうちは、柔軟な体や体力づくりのように入るのでもよいでしょう)。

 つまり、1.深い声をしぜんにとれるようにする 2.その声をコントロールする 3.表現のテンションに応じて切り込んだり離したり、自由に声を司る そのために深い息と、それを支える呼気調整力をつけていくということです。

 息や呼吸が間違っていたら、死んでしまいます。あなたの体と息は、奇跡的なバランスの上で成立しており、正常です。ただ、それを人並みはずれて使おうとしたときにバランスがくずれるので、強化しておくのです。つまり、くずれるというほどの音声の世界の必要性のない人には、関わりないから身につかないともいえます。


○3年から、差がつく

 これも本音で言うと、毎日、朝・昼・晩と計30分、やっても、3年で1ステップでしょうか。つまり、人様にみせて通用するものになるには、人様以上にやらなくてはいけないという相対的な実力ということからみても、1、2年では、大した差はつきません。

 日本人でも、すぐれた人、やってきた人は、あなたが2年やったことを1、2ヵ月で超えるでしょう。腹筋でも呼吸の深さでも、オリンピック級のアスリートなら、あなたの2年分の力は、すでにもっているでしょう。

 ところが人間、続かないもので、3年、5年となると、やめていく人が大半なのです。だからこそ、勝負はそこからなのです。トレーニングにおいて、こういう基本の力は、どれだけあっても充分ではないし、ありすぎて困ることはないのですから、やること、そして続けることです。そのことで、体や感覚が変わってきます。


○呼吸トレーニングの目的

 ですから、トレーニングや呼吸法はどれが正しいか、どういう方法でやるかではなく、確実に声をコントロールするために必要なことをしておくのです。息の支え、呼気の完全に近いコントロールをするのに必要な筋肉群や感覚を鍛えるということです。それには、ドッグスブレス、ロングブレスほか、いろんな方法があります。自分で実感のあるものを組み合わせてやるとよいでしょう。

 24時間、体から深い息が出せるように一日に何回かに分けてトレーニングすると効果的です。つまり、少しでも深い息の状態で、生きていることです。


○ヴォイストレーニングは、声を出すことではない

 私は、ヴォイストレーニングは、声を出すトレーニングとは思っていません。声を出せる状態を作るためにやるものです。それも大きな声とか、高い声を出すためにやるのではありません。自分の声を繊細にコントロールするためにやるのです。体の原理に忠実にするから、結果として声量、声域は拡がるのです。

 要は、作品において一本くらいの神経で歌っているものと、何十本もの神経が通っているものとでは全く違うわけです。その神経を全身、細部にまでつないでいくために必要なのです。

 その声を支える息が、吐くたびに違っていたり、吐いている量が調節できないとしたら、声も歌も扱えないのです。これは楽器やスポーツでも同じだと思います。だから、呼吸を鍛え、整える術として身につけていくのです。

 ということでは、下手に発声トレーニングをするよりも、スポーツや舞踏など、体を使うものの中での呼吸や、そのときの息の使い方を参考にした方がわかりやすいものです。体と息のレッスンなどをやるとよいでしょう。

 その上で、声のレッスンと結びつけていきます。(トレーニングメニュは、HPの100メニュ参照)


○家でもできるブレストレーニング

 自宅で声が出せないという事情は、ほとんどの人が抱えています。声を出す練習場所に恵まれている人はあまりいません。そういうときは息のトレーニングがベースです。

 声を出すということは、最終的に自分の息と体を確認して、声に結びつけなくてはいけません。

 声を直接、鍛えられるのかというと、大変に難しいのです。

 発声のトレーニングは結果としてのどを鍛えることにもなります。しかし最初は、のどを痛めやすいので、心肺機能と、それを支える筋力を鍛えるように考えた方がよいわけです。

 バッティングでいうと、息吐きは素振りみたいなものです。ピッチャーも実際に投げて筋肉をつけるわけではないでしょう。その方が間違わないからです。フォームも定まらないのに、実際に投げると、無理がきて、悪いくせがつきます。小手先で急ぎすぎるからです。

 声も出してはじめて確認できますから、それを中心にする時期も必要です。しかし、その前後にやることは、たくさんあるのです。まずは、息や体づくりを忘れてはなりません。そのできを、声を出して確認するのです。

 自宅でやるべきことは、効果がみえないように思ってか、やらなくなってしまうのですが、その時期の自主トレーニングこそ、もっとも大切なことです。


○声を出さずにやれること

 極論としていえば、声を鍛錬するのに、声を出す必要はないのです。声に表われないところで支えているイメージ、考え方、感じ方を、深める方が大切でしょう。これには、一流のアーティストの歌そのものから、呼吸を盗る訓練をすることです。

 必要な息とか体を準備するのに、ある時期、声を出しながら歌にする方向をみながら、息を出すことで体を鍛えたり、より必要なところの息を使うことをやります。さらに、声でも、体や心肺機能を強化するのです。

 体や感覚を柔軟にすること、体力作り、集中力、息吐きなどは、声を出すための前提です。これらは、体の条件づくりに直接、関係するからです。


○深い息の必要性を知る

 目的は、いつでも声を発せられる状態を準備できるようになることです。息を吐いたあと、すぐパッと入ってきて出せるという状態に直ぐ戻せるというようにします。呼気機能を強化し、その周辺の体の筋肉をトレーニングで鍛えておくことです。長い息も続くようになり、その中での配分が自然と自分でわかっていくことが大切です。

 たとえば、息をずっと吐いて、急にパッと入れることをくり返すと、普通の人であれば、これだけでお腹が痛くなると思います。自分で痛いと感じれば、体は動かなくなります。だから、こういうことは、急にはやらないでください。大半の人は、ペースが速すぎます。しかし、トレーニングしていくと、少しずつ自分でコントロールができるようになるのです。

 こういうことを実技の中で鍛えていく人もいます。役者の早いセリフを何度も繰り返して体に入れていくとなると、必要性が身につける方向に働きます。体の動きから正していった方が、声に無理をかけなくて済むのです。

 何よりも大切なことは、優れた作品の表現から、息や体で声を扱う必要性を徹底して知ることでしょう。

 最終的には、歌の感覚があっても、そこに息が伴わなければ、声になりません。プレイをイメージしても、息で声に伝えられなくては描けません。

 息を長く出せるようにすることが目的なのではなくて、息というものを完全に体でコントロールすることが大切なのです。息以外で、声はコントロールできません。息を長く「ハーッ」と吐く練習も、「ハッハッハッ」と短く出すのも、そのための練習です。


○強化トレーニングの難点

 体が疲れ精神が充実すると、何となく練習したというつもりになるから、気をつけてください。

 強化していくことと、調整していくことは違います。目的が違うわけです。両方とも歌からいうと、ワンクッションまえのことです。

 「ハッハッハッ」と息を吐いてやるのは、息を通して、体(呼吸)の力を鍛えるためです。深い息を吐けないと声がつかめず、大きく出したり動かしたりするときに、息が切れ、歌の中にも表われてしまいます。そういうことが起きないためにやるのです。

 私はトレーニングというのは、将来のために負荷をかけることだと思っています。そのことによって、必ずバランスは崩れます。どこかは強くなるのに、どこかではバランスが取れないため、歌にはすぐに結びつきません。むしろ一時、悪くなるものです。だからこそ、それは調整されていき、結果が出るまでやるしかないのです。


○息を聴く

 音声を大きくかけて聴くと、歌う人の息や体を聞き取ることができます。60年代くらいのオールディーズやジャズ、カンツォーネ、シャンソンなどの方がわかりやすいでしょう。まず、全身で、深い声と息を聞く体験をしてください。

 ライブやコンサート、映画などでも構いません。ただ、映像など、目で見るものには、日本人はすぐに耳がおろそかになってしまうのです。だから、目をつぶって、もう一度聞いてください。その人の息使いが聞こえるようなものがよいでしょう。映画館で見ると、俳優の息使いまでわかるでしょう。そうして、音声の世界の感覚を体にとり入れていくのです。


○息の深さ

 向こうの人の息をよく聞いてみると、歌声に息が混ざっているでしょう。息がとても深いのです。

 最近は、日本人にもこういう息を真似て出して録音している人たちが多くなっています。しかし、大半はだらしなくなっています。本当の意味で、息でもっていっているのではなくて、作った息を、わざともらして、歌っているからです。音響で加工して、その差をわかりにくくしています。しかし、声の芯や息の支えがどこにあるのかがわからないでしょう。体や呼吸が、しぜんと発した息ではないのです。

 本当にきちんとしたものには、必ず芯がしっかりとあり、全身で調整しているのです。そのまま歌で使うかどうかは別として、深い息を深い声にしています。

 カラオケで歌える人も、そこで、マイクやエコーを取ったら、ひどくなるでしょう。本当に歌えるということは、そういうものを全部取ってみても同じということです。つまり、基本に戻るには、あとから効果を考えてついてきたものを取り除いてみればよいのです。


○感覚とトレーニングを結びつける

 プロのビデオをみて、こんなに息を繊細に使っている、ここではこんなにも深い息を出しているというような感覚を自分に入れて、そこから結びつけて呼吸を盗るトレーニングするとよいでしょう。

 音程やリズムの複雑な曲でも、その人が歌うとシンプルに聞こえてしまう、ということは、その人はその音の感覚で呼吸をとっているわけです。

 読譜でも、慣れてきたら、そこに音の流れが聞こえてくるようにしてください。

 多くの人は、音に合わせて声を出そうとしています。それを心や体で聞いて、息で声にするという感覚にしていきましょう。


○口から吸ってもよい

 どこでも「口からではなく鼻から吸いなさい」と教えられます。これには、口から吸うと口の中が乾いてしまうとか、汚れた空気などの悪い影響を防ぐなど、いろんな理由があります。

 でも、たとえば風邪をひいたり、鼻がつまっているときには、自然と口からも入っているわけです。

 日本では、そういう教え方を守って、鼻から吸う息音まで、マイクにもらしてしまう人もいます。それでは間に合わないのです。向こうの人のように鼻の穴が大きいわけでも、吸う力が強いわけでもありません。それでは、歌の流れの邪魔になるのです。

 要は、吸うということを意識しないことです。働きかけは、吐いているときにすべて行なわれるのです。

 吐いたら、体が戻り、その反動で、適当な状態が準備されるようにするのです。そのときにどっちから入ったかなどはわからないでしょう。

 どこで吸うということではなく、いつでも吐けるという状態を素早く作れる、そして完全にコントロールできるということでみるのです。


○加減を知る

 一所懸命、声を出すトレーニングをしたら、のどを壊したという人がいます。トレーニングをしていない人が急にハードなトレーニングをしたら、これまではやっていなかったのですから、うまくできずにのどに負担になるのは、あたりまえです。普段、走ってない人が、いきなり10キロ走ったら、筋肉痛になるでしょう。無謀なことは、繰り返さないこと、個別に程度に応じて判断していくことです。


○どんな姿勢でも声をキープすること

 トレーニングしだいで、姿勢に関わらず声量や高さをキープするということはできてきます。

 体が動いているときに声が出にくいというなら、体に教え込んでおくしかありません。意識していると遅れてしまいます。ただ、姿勢にも、声に有利な状態というのがあるので、そこからやります。

 トレーニングというのは、いつも自分で設定することです。こうやるといつも声が出にくいとか、このことばで必ず崩れるということを発見して、それに対して対応をとるのです。

 もちろん現に、舞台などをやっているのであれば、その箇所箇所で目立つところを、修正すべきです。


○姿勢のチェックポイント

[顔]いく分、上向き
[目]しっかり見開く
[視線]まっすぐより少し上に定める
[舌]舌先は前歯下の裏 舌の両側を奥歯下につける
[口頭]はやや後ろに
[下あご]を少しひく(うなじを伸ばす)

[肩]少し後方にひき、まっすぐおとす 力を入れない
[首]まっすぐ立てる 力を入れない
[胸]をはり、やや上方に広げたまま高く保つ
[腕]は力を抜いて、だらっと下げる

[お腹]はひっこめる
[下腹部]はいったんゆるめ、内側へつり上げる感じ
[背筋]はきちんと伸ばす
[お尻の筋肉]を肛門の方向へ締める

[膝]に力を入れる。「膝から太ももの内側」を前方に押し出す感じ。骨盤を、やや前に出す。
[かかと]はこぶし一つ(10〜15センチ)開く。
[両足の間]を開ける。開いた足の中心に重心を。
[つま先の方]を60度くらい開く(内股にしない)
[両足親指]に体重をかける。前方体重。

□上半身は脱力する。
□頭のてっぺんからコインをおとして、お尻の穴までまっすぐ下におちるような感じ。

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(6)舞台論 自分を知るために学べる場をもつ