ブレスヴォイストレーニング研究所

体験談

 

「レッスン体験談」ブログ(続)福島英のレッスン体験談(続)「研究所のトレーナーのレッスン体験談」ブログ「レッスンレポート」ブログ

福島英のレッスン体験談                        

 

○作り込み不足、練習不足などで、自信のないまま歌ってしまうと、即、知られてしまう。もう先生のレッスンを受け始めてから3年経ったが、多少慣れたとはいえ、未だに緊張する。そこに自信のなさが加わり、声も動きもほとんど出せないまま終わってしまう日もある。
 最近思うのは、はったりでも何でも、とにかく自信を持って歌うことが肝心だということ。私は歌い手なんだと、そういう気持ちを持って歌うことで、自然と、表現するために体や心の機能が動き出す気がする。そしてその、歌い手である、という自覚、自信を確かに持つためには、やはり日頃の取り組み。自分で自分をごまかせやしないし、たったの1フレーズ(いや一声)に全て表れてしまうのだから、恐ろしい。
 息が全部声になっていないと注意されることが多いのだけれど、それもやはり、自信や自覚、意志などに関わっているように思う。相手にきちんと伝えようと思って話をするときに息が漏れることはないのに、歌になると、そこに何か余計な考えが入りこんで邪魔をしているように思う。福島先生は、どんな小さなブレも聞き逃さないので、本当に恐ろしい。先生のレッスンの状況は他にはなく、とても有り難く思います。(FU様)

○ここに来て、先生のレッスンを受け、試行錯誤の日々の中レポートを書き、再び先生にコメントやアドバイスを聞く中、自分の状態が、今まで以上に浮き彫りになり、焦りや戸惑い、落ち込み、発見、感動、面白さ、見直し、望み、さまざまな気持ちと葛藤する中で、四六時中、いろんな方向から歌、声、音楽、芸術を仕事としていくことを具体的に考えて学ぶようになった。レッスンは、その内容、課題の一つ一つどれをとっても、ものすごく大きなもので、全力で努めていく前向きな集中力と、大きな努力が必要とされることを実感し、衝撃でした。
 今は、声がうまくでず、自分の声を使う感覚がよくつかめていないこと、うやむやな癖、それによって弱弱しい印象のない声になっていること、どうしたら、それらをとっぱらい自分の自然な声を知ることができるのだろうかということなどが課題である。
 「体を動かないと声がでない」ような感じを結びつけ、いつも体から声を出すこと。(重心を落とすこと。喉で声を押したり、上から下へ押しつけたりしない。口の中に響かせると音のロスになる。腰の後ろ、背骨の両脇の筋肉の辺が動いて声がでる感覚。足を肩くらいに開く、全身で、呼吸を結びつけて、発声する。かすれる時、呼吸、体の状態を整えて、胸の中心に保ち、背骨、腰の後ろの方からゆったりとリラックスして出す。
 「あおい、あまい」を、「おい」「まい」の所を一語のように発声。「らい」「はい」が発声できたら、それらに音程をつけてみる。)
 自分の声がどう使われ、どう聞こえるかが自分で分かるようになること、世界を作ること。そしてなによりも、これらを、学んでいくプロセスや結果をどこへ繋げていくのか、出口へとなる目的を考えそれに向けて向かうということの必要性など具体的にしなくてはならないことも教えられ課題となっている。声の研究を自分でどんどんすること。ここに来てから、声についての聞き方感じ方も変わってきた気がする。どういうものが芸術として成り立ち、感動を呼ぶのか、アーティスト一人一人、その人が自らの何処を見せているのかを考えるようになった。レッスンを体験し、非常に有り難く、貴重な時間を送っている。(SH様)

○一回目の時には、オリジナル曲を歌うときにのどを使いすぎている点について、「ハイ」や「ンガ、ンギ、ンゴ」などでのどをはずしてからうたってみる、それで今度はのどが外れても感情が入らなくなってしまうから、その辺の調整は同時にやっていく、ということでした。
 また最近では、声の響きはいいけど、声しか聞こえてこないということを言われました。自分では特に語尾の処理が甘いと思っていたのですが、そこだけでなく全体的に構成を見て演出していくという作業が足りないということです。
 歌っても、その景色も感情も伝わってこない、聞こえるのは音程だけ、という最悪の状態になっているようです。だから歌おうとしない、言葉のニュアンスを声で伝えるよう心がけなくてはならないと思いました。また、速いフレーズでもあせらないようにする。もたつくわけではないけど、メロディーに踊らされずにあくまで言葉メインにやっていき、いずれそれが自然な流れになるようにしたいです。(KA様)

○今まで細かい調整など、正直めんどくさくて、あまりしてこなかったので、福島先生の鋭く的確なアドバイスに対し、最初は動揺しました。でもそれと同時に、今まですごく声を雑に扱ってきたのと、音声表現を聴く耳が全然足りないんだって事を思い知らされました。一瞬の隙も許さない、厳しい音声表現の基準の場―ごまかしや、物真似、いい加減なもの、全部見られてる気がします。
 ハイ、ララなどのフレーズで、楽器として演奏としての視点で見て頂き、体の足りなさ、フレーズをコントロールする力、どこのキーからおかしくなってくるのかと明瞭でした。自分の歌にもっと説得力をもちたいので、そういった耳と判断力を養いたいです。それに、気付きや発見により新しい可能性が見えてくるという事を学びました。(OU様)

○私がカラオケ教室で何か足りないおかしいなと感じ始め、その何かがわからずにいた。その何かがこの魂、心を自分の声、自分の想いで伝えることが自分の求めているヴォーカリストなんだと確信しました。最初の頃は歌のうまいへたでくらべられるのはイヤだなと思っていましたが、これは表面的にしか見ていなかったと今になってわかってきました。そういう次元ではなく、それを越えて、自分の世界をつくり、聞かせる、見せる。
 自分の求めるスタイルは見えてきたけれど、それには何をすればよいのか。発声トレーニングは運動でいえば筋トレと同じ。この意味も最近になってやっとわかり、発声で歌うのではないということと、一流のヴォーカリストの歌を聞いていると、だそうとして声をだしているのではなくて、日常の生活の声の延長上にあると感じ、普段の生活の中でも声に関心を持つという先生のテキストの意味も、やっと体で感じはじめてきました。
 歌にも声楽、心を伝える歌、ヴィジュアル的にみせる歌、歌にもいろいろあるのだと、やっとわけて聞けるようになり、いままで私の中で声楽的な歌と、ポピュラー(心の歌)とが一緒になっていたようような気がします(AI様)

○レッスンを受けるようになって一年がたつ。ではそれが長かったかと聞かれると、はて、どうであっただろう。ただ確かに言えることは、そんなことを考えたことがなかったということだ。そんなことを考える暇がなかったともいえる。他に考えることがあったからだ。とにかく、よく考えるようになった。朝から晩まで。道を歩いている時や食事をしているときにも考えている。
 では一体何をそんなに考えているのか。それは、レッスンごとに気付かされること、についてである。毎回違うテーマが自分の中でわき起こってくるのだ。
 レッスンを受けてすぐに「ああ、そうか!」と気付く時もあれば、レッスンを受けて半年くらい経って「ああ、あのときのは、これか!」と気付く時もある。だから日々考えずにはいられないし、日々考えていればいるほど、強烈に気付かされるのである。
 とにかく、帰りの電車はノートを片手に、レッスンを受けて気付いたこと、試してみようと思ったことを忘れないように一心不乱に書き付けている。他の乗客には危ない人間に見えるかもしれない。 でも、そんなことはちっとも気にならない。それくらい集中。これは歌を歌う自分にとって幸せであると言える。
 そしてもうひとつ。歌に対して常に前向きになれること。やはり練習をしていくと落ち込む日だってある。体調が悪い日だってある。 だけど、レッスンのおかげで、なぜ自分が歌うのかを改めて(しかも毎回毎回、自分にとっては違う形 の衝撃で)認識させられ、頭がすっきりした状態で練習に取り組めるのである。これは、自分が歌い続けていくということにとって、とても大きい。自分の歌を作っていくのだと気付かされる。
 今後もその初心を持ち続けながら、自分の歌をどう変化させていくか、レッスンでたくさん気付かされながら、考えさせられながら練習に励もうと思っている。(MK様)

○石の上にも三年とは良く言ったもので、紛い也にも三年続けていたら自分で言うのも何だが、少しは上達するものなのだった。皆そうなのだ。そりゃまあ、すんごい上等!とは言わないけれど、けどびっくりですよ。鍛練って凄いな、3年は3念かな、などと思ったりする。ともかくも上達、というこの事実には他人事のようだが、感心する。
 しかーし、同時に「うまくなるなんて全く何の意味もなーい」という事実にも直面するのだった。がーん。そんな話は聞かされてはいたが「まー、そんな贅沢な事を…」とあまり真剣に聞いてはいなかった。なのだが実際、ごっついステージをやるという事において、誰かを吃驚させる事において、ちょっとぐらい上手に歌えようが、そんな事はたいして役には立たないのだった。(まあ、でもこれが「物凄ーい上手、絶品、上等!」だったら話は別だとは思います。けども、そんな事は全然果てしなく彼方にしか感じられない事なので論外にします。)トレーニングな日々を送っておりますと、とどの詰まり何で生きるか?みたいな所へハマってしまう事が多いから大変でございます。
 まさかはじめた頃は、そんなに生きるか死ぬか、になるとは思わなかった…。こんなん書くと怪しい苦行のようですけど、でもそうなんです。代々木寺。人一倍ヘタレな私は、しかし今さら退路もたたれ、何ちゅう事になってしまったのかと思う日々も多々あり…。うーん、お山に入ったようだよ。けれど、うまく出来たもんで、ちゃーんと甘い汁もあるのでした。ええそう。めちゃめちゃ面白くもあるので、やっぱりやってしまうのだった。どうおもしろいか?というのはなかなか言葉ではあらわしにくいのですが、自分が大きくなる感じ、もしくは小さく。(どっちだ…)いやどっちもです。
 感覚が変容するってのは何よりおもしろい。よくアンテナという言い方をしますが、そうアンテナ、んーとそれもそうですが、意識・感覚・霊体・肉体いろいろグレードアップする感じ。(大袈裟か)そうすると、その瞬間世界も変わるわけです。人生も。地球も宇宙も新しくなっちゃう。知る事はつきないわけです。わっはっはー。 もうハイ、超~ハイ!初めて夜の街へ出る田舎者みたいな興奮は多々あります。
 でっかく、広く、深く、鋭く、細く…いろいろの方向へ広がる。目標は銀河系くらい、もしくは同率位のミクロ人間。ちょっと意味が解りませんけども、そんな感じ。ま、おもしろいわけです。こんな楽しい事してていいのかしら。って、こんな贅沢な人生を過ごしていていいのかぁ(ぱらぱらりーん)と思う。次の瞬間は涙してたりしますけど…。
 この単細胞さが私の最大の強みであり弱点であった。吉凶は神のみぞ知る?ああ、神様よろしくお願いします。(NI様)

○感動する。心が震える。”偽りのない自分と向き合える数少ない時間”と感じる。レッスンの前半は、第一級の耳で選ばれた曲のよいところだけを休む間もなく次々と聴き続ける。入所当時は、私は、この聴く時間をヒマとかもったいないとか思っていた。曲を聴いて何になるのか。何を聴き取れというのか。確かに声はすごいけれど、むしろうるさいし、どの歌い手も張り上げているだけじゃないかといった具合だ。
 ずっとそんな調子で、わけがわからないまま、とにかく聴き続けた。(忍耐)そして、いつの間にか成長した。曲の深さを感じ、見えないものが聴けるようになってきた。毎回のレッスンで聴く歌が、ぐっと胸に迫るようになった。歌からその歌い手の生き様を感じ、自分の不甲斐なさを反省する。逆に、自身もこんなふうに人生をかけて歌いたいという希望を見出す。
 心の奥深くに閉じ込められた自分の本当の想いを解放し、表現することを学ぶ大切な時間である。(TS様)

○あこがれの福島先生のレッスンを直に受けることができて、とてもうれしく、幸せでした。カリスマ性のあるご指導というか、直接どうするかを指摘されるのではなく、「もう一度」と言われて自分で判断するということが、とてもスリリングでした。緊張して考えられる時間でした。(KO様)

○とにかく福島先生のレッスンは、あたしにとっては「感度レベルの再認識」をさせていただく時間です。まずとにかく聴くこと。どこまで聞けるのか、自分はどんなに聞いていなかったのか。感じる音のガソ数を上げるといいましょうか、感じ取る耳のひだを細やかにするといいましょうか、ここまで聞けるんだ、と感度レベルの設定のしなおしですね。またそれは、声を出すことにもつながってくると思います。聞けることは発せられる。聞けなければ無理ですが。
 あとは、その音を自分が出せる状態にあるかどうか。具体的に楽器である身体の状態が整っているか、また、それに乗せていくメンタルな部分の処理。あたしの場合、まだこのレッスンでは聞くことが精一杯であろうと思います。聞けるレベルを再確認して、それからカラダにつなげていきたいと思っています。(ON様)

○初めて福島先生のレッスンを受けたときの感想は、まるで「目から鱗」という感じがしました。先生は私の声を最初の数分間聞いただけで、顔や肩に力が入っていて喉に負担がかかっていると仰いました。これは自分でも自覚することができました。緊張しているのもありましたが、普段の練習でも体のどこかに力が入ってしまうことがあります。
 次に「ハイ」「ナイ」「ネイ」「ライ」などの言葉を繰り返しました。先生はこの時に体の奥から深い声を出し、より遠くに飛ばすことだけを意識し、口型は気にしなくていいと仰いました。滑舌や口型を気にするから顔に力が入ってしまうようです。
 私は現在、声優の養成所に通っており、普段からはっきりと話すように指導され、日常でも心がけていました。もちろんお腹から声を出すことも指摘されましたが、それよりも滑舌や口型に捕われていたことに気付かされました。一つのことに真剣に取り組むのも大切だけど、もっと広い視野を持ち、多くのことを学ぶのも重要で、楽しいことなのだと思いました。(NK様)

○福島先生の本を母が読んでいた影響で私は福島先生のことを知りました。とても憧れていたのでレッスンをうけられるのはとてもうれしいです。レッスンを受けて思うのはやっぱりすごいということです。常に上を目指すという姿勢と神業のような指摘…反省します。繊細で幅広く注意してくださるので、自分の音楽へのとりくみ方も悪い生活習慣も自覚します。先生のレッスンについていくのはまだまだ私ではたいへんですが、これからもよろしくお願いします。(OT様)

○英先生との初めてのレッスンで、本などで読んだ「ハイ」のトレーニングを行いました。自分が想像していた「ハイ」の発声が実際とは全然違い、びっくりしました。やはり本など読んで自己認識でやることはちょっと危険な気がしました。
 「強い息」というのも英先生と自分がやっているものでは全然違うことがわかりました。先生の息は非常に深いところから出ていて、厚みを感じました。(OG様)

○オーディション用の歌をみていただいています。「じゃあ、まず歌ってみて」とおっしゃる、その場の緊張感がなにより強になります。(私が勝手に緊張しているのですが)。できていないこと、例えば曲として一本通っていない、フレーズの後半が必ず崩れる、「か」の音や撥音が気になるなどを指摘していただきました。あとで、どうすればよくなるだろう、と自分で考えて練習します。
 解決の鍵は、他の先生がおしゃることの中にあったりします。福島先生、基礎が全くできていない私の歌をみていただいて、ありがとうございます。お話しする中で、自分の方向性を整理でき、モチベーションもあがっていきます。(KU様)

 

研究所のトレーナーのレッスン体験談

 

★研究所に頼るわけではないが、ここでのレッスンや本を通して感じることは、日本と世界のレベルの絶望的ともいえる差。これを克服していくために研究所は必要であり、これまで通り、いやそれ以上に厳しい目をもって存在し続けて欲しい。ずいぶんとよい環境(スタジオ、e.t.c…)の中でレッスンができることをすばらしく感じる。

★声のパワーと魅力をもつヴォーカリストを目指す人にとって、日本てはその点に厳しい基準をおいているところは、ほかにないと思う。ここは、そこにこだわりたい人にとって貴重な場であると思う。お金を払っているから、何か決まったことを教えてもらえ、結果が出るという考えはこわい。研究している人同士が材料を出し合い、知恵を出し合う場がある。誰かが言っていたが、そういう場の家賃として出資していると考えた上で利用したい。

★この研究所は、他の音楽スクールなどでは、決してやっていないことを、深めていけるところだと思う。それがおもしろいと思えば、その人なりに自分をどんどん磨いていけるところである。まずは発声や体づくり、声づくりのことに集中する時期もあり、一時、歌とは離れるが、そういうことを通じて自分のことを知っていくところでもあります。結局、“歌えるようになる”というのを簡単にいうと、人に対して何らかの働きかけをすることのできるエネルギーを歌や人間レベルのところでもつようになるということだろう。だから声などを通じて、聴く人が「明日も頑張ろう」とかを感じるならば、それはそれで条件があるということで、そういうものを各個人がそれぞれに深めていける場所である。

★プロのヴォーカリストになるために必要なことを学ぶことができ、それを確実に身につけることができるところ。本で紹介されている内容を実際により深く学び、体験できる。ヴォーカルのレベルを上げ、世界に通用するレベルというものを打ち出すところ。

★研究所の考え方は、特に何かを強制しないことがすごく好き。自分で考えて見つけてやる。すべてがシンプルで、できることからやればよい。できないことはこれからできるようにすればよい。言われてみるとその通りで、だけど一人ではなかなか気づかないこと、できないことが盛りだくさんある。出会えて本当によかったと思っています。

★どうしてもどうしても声で何かを強く伝えたい。確実に的確に伝えたいと思うが、その声を育てるために修業できる、または修業する材料を手に入れられる場所。システムも立地もよい。どうか、世界のレベルでの基準で判断するこの方針が変わらず、このレベルがさらに高まっていったらよい。

★日頃から言われているイマジネーションの世界。それを引き出すために、1フレーズからできなければならないということを考え、感じると、レッスンでのフレーズ回しはとても重要。感覚を変えていくためには最低限、必要なものと感じる。

★ほとんど曲に対して自分でくみとって、それを自分なりに出していかなければ成り立たない。自分の中で空回りして終わるときもあるし、きちんとくみとれるときもある。キャリアのある人の中で、それを聴きながらやるというのは大きなメリットであり、自分との差がわかってしまう。自分のものを出すこと、それがあたりまえになればよいと自分では思っている。他の人は迷惑しているかもしれない。そういう自分なりのものが出せるようになると「歌い出しフレーズ特集」や「フレーズのもっていき方研究」など、アプローチやアイデアのことをやっても成り立つと思う。しかし、しかし、フレーズをこねくりまわしただけのようになってしまうと意味がない。まず優先すべきことは自分のフレーズが出ることがあたりまえになること。

★私は、まだまだ音に対する感覚が偏りすぎ、得意と思い込んでいる曲調を選択しすぎているように感じる。そのため、それ以外のものを与えられたときの反応が、差があるように思いました。それは聴いているようで、実は本質のところを聴けていないからでしょう。そのためには、大音量でいろんなジャンルのものを深く、多く聴くことが不可欠。感覚を強化するための時間があるのは、ありがたい。

★各トレーナーの特徴がよく出ているレッスンで、それを感じとれていない自分がいるだけである。とてもよい貴重な時間があることに感謝している。毎月、本一冊分にもなるトレーニングについての会報の作成など、本当によくしていただいてありがたい。

★たくさんのことを感じとれる環境にいて、この料金は、レッスン生にとってはありがたい限り。定期的にこれからも続けて欲しい。時間帯や割り振りもよく考えていただいてあり、うまくまわっている。

★最近、感じてるのは、この研究所では「見える部分」…(ステージや実際に自分から出てくる歌、くせ、自分のセンス)は、そんなに変わらないけど、「見えない部分」…(感覚、音への感じ方、体、その人間につまっている音楽、声、リズム)は変わっていくということ!もちろん、その人の受け止め方、取り組み方次第だろうけど。結局、この「見えないところ」というのが、プロフェッショナルなところでの差になるのだろう。自分の可能性を信じていくのは、たいへんなことだけど、それを信じて続けていくしかない。自分の強み、みたいなもの(ゆるがない自信)をもてるようになりたい。そのための毎日としている。

★ものすごくいい環境だと思います。この場所に出会えて本当によかったです。私自身、かけられるもの全てで、恩返ししたいと思っています。自分に厳しく、心身ともに成長していきたい。

★僕にとっては出費もバカにならないが、研究所で得られるものがその数倍であることは、身をもって知ったつもりです。会社員なのでかなり時間の制限もありますが、本当に「生きる」ことが充実しました。音楽にとどまらぬ、いろいろな目が開きはじめています。

★この人と一緒にいたいと思う人がいる。自分もそんな人間になりたい。歌うことで、自分も、相手にも、パワーが生まれる、そんなものを目指したい。