ブレスヴォイストレーニング研究所

福島英 講演要旨「ビジネスは”声”で決まる」

 

<経営者、ビジネスマン向け>雑誌「経済界」での講演 061018/211129

 

 

 

○人を集め、感動させる

 

 私がライフワークとして日常的に関わっているのが、ヴォイストレーニングです。「声の使い方」や「声を鍛えること」を中心に、十数名のトレーナーと長く続けています。
 歌手からはじめて、ミュージカル俳優や声優の人など、プロの方と多くやってきました。

 

 私は自分のこの研究所の資金集めで、いろんな仕事で全国を飛び回っていました。当時、日本のシンクタンク、研究所は、経営やマーケティングでさえ、技術畑の人ばかりでした。
ところが、1980年代から、企業がどうやって人を集めるのかと集めた人をどうやって感動させて帰すのか、ということがテーマになってきました。感性中心に、文化芸術系の考え方が必要になってきたのです。そこで、文化関係の研究所がいくつも作られました。そこをいくつも私はかけもちしました。

 

 舞台の仕事にはすべて、そういったことが入っています。人をどうやって集めるのか、それから、集めた人をどう感動させるのかが勝負です。感動させて帰さなければ、誰も来てくれなくなります。
 私は全国のいろんなテーマパークやホールを駆け回っていました。地方ではソフトも考えずにハコモノをつくりまくっていたので、その中身をどうするのかということでした。イベントをどういうふうに企画したり、どういうふうにセッティングしたりするかということを考えるわけです。私のアドバイスは、一過性のイベントをどうリピートのきくライブにするかということでした。そのために世界中をまわり、多くの人と仕事をしてきました。最近は見せ物としては、歌とか踊りが中心ではなく、バラ園などガーデニング、さらに照明など電飾に変わってきましたが、これも時代の流れと思います。

 

 

○声の研究

 

 音声というのは、ようやく研究が発展してきた分野です。音声入力の分野では著しい発達がもたらされ、これは通訳、ナレーションなどに実用化されると思います。どうやって発音したり発声するのかということも解明されてきています。自動音声も聞きやすくなりましたが、これらは、発音と言語コミュニケーションの分野で、声やのどそのものの研究ではありません。

 

 現実の社会では、「どういう声がよい印象で伝わるのか」ということが問われています。私が声紋分析の研究者と共著で出した本には、さまざまな声を分析し、図にして目でわかるように載せています。
 日本人で歌がうまくなりたいという人にカラオケ機材を開発し、ハード面からそうした問題を片付けていきました。私は芸術畑のことをやっているのですが、科学的な計測や分析に、そういうハード面を積極的に取り入れています。警察の科学捜査や耳鼻咽喉科の医者、言語学者も使っているようですが、ヴォイストレーニングでは、ここが最初でしょう。そこから声をどうしたら人にうまく働かせられるのかということを補うのが、ヴォイストレーニングなのです。

 

 ヴォイストレーナーというと、なんとなく声の響かせ方を教える声楽家や合唱団の先生のイメージがあります。呼吸法や発声法を身につけて歌がうまくなる人もいらっしゃいます。しかし、最近は、一般の人もヴォイストレーニングをするようになってきました。

 

 私たちのレッスンでは、基本の声づくりをしながら、実際に自分の出している声が、相手にどういうふうに働きかけるのかということまで問います。まず、声が相手に届くこと、そして、声が耳に届くだけではなく、その声が相手に働きかけること、相手があなたによい印象を持つということです。相手に評価されて初めて、声が伝わったとなります。

 

 舞台の仕事は、お客さんが納得するだけでなく、感動しないことには、仕事になりません。声がよいとか歌がうまいだけでは通じないのです。声に何がのっているかが問題です。
 こうして、私は、プロデューサーのように声の演出まで手がけるようになりました。声だけではなく、声とまわりのものをどう組み合わせ、それをどう価値づけるかというところに関わっています。

 

 

○クレームに対処する声

 

 ビジネスにおいても、あらゆる分野であらゆる人が声と関わっています。
 ビジネスで、直接、声の威力がわかるのは、電話です。電話は相手が見えませんから、耳へ働きかける声の印象ですべて決まります。声の使い方がもっとも必要とされているといえましょう。
コールセンターは、お客さんの声に企業に替わって答える仕事です。アウトソーシングとして急増しました。私も相当数、お手伝いしています。
 コールセンターとしてビジネスができるのは、クレームの処理がきちんとできるところです。クレーム処理の技術というのは、声の使い方の最前線なのです。
 コールセンターの管理システムというのは、かなり進歩しています。従来、オペレーターの人の後ろの方に管理するマネージャーがいて、お客さんと話が長くなると、マネージャーに替わらせていました。要するに、何分も話しているということは、クレームがこじれているので上司に変わるほうがよいからです。お客さんとの相性もあって、話せば話すほどうまくいかなくなる場合もあります。若い声からベテランの声になるだけでも、お客さんのクレームの気勢はそがれます。お客さんの声とオペレーターの声をグラフでみて、お客さんが怒っているから、このオペレーターでは処理できないという判断ができる機材もあります。

 

 オペレーターが答えるときには、日本語として、相手に聞こえやすいように音声を加工することです。これはカラオケの原理と同じです。いわゆるカラオケというのは、下手な人、あまりうまく歌えない人を基準に、そういう人たちの歌が平均的にうまく聞こえるように、音響でリヴァーブがつけられています。それと同じようなものをコールセンターの中に入れて、声が聞こえにくい人とかあまり声がよくない人でも、マイクを通すといい声に聞こえるようにしているのです。

 

 

○声でイメージアップする

 

 接客業では、声の影響は計り知れません。居酒屋などでは応対マニュアルで指導します。
 今の若い人は、コンビニ、居酒屋、ファミレスなどでバイトをするときに、初めて「大きな声であいさつをしなさい」と言われます。身内で話すことばと社会人になって話すことばが違うので大変なのに、慣れない敬語でしっかりと声を出すのは、さらにやっかいなことでしょう。
そういえば、以前は、新入社員研修などで「大きな声で返事ができるように」という依頼もありました。声のトレーニングの需要は、ますます高まっています。

 役者や声優を目指している人のなかには、「居酒屋のバイトで、誰よりも声が通るようになった」と言う人もいます。それは現場で役立つトレーニングになると思います。ただし、鍛えられることもなく、もとより声の弱い人には向いていません。声には、個人差がとても大きいからです。

 

 外国の政治家などのセレブには、ヴォイスティチャーといわれる人がついています。そしてスピーチでのイメージアップを学んでいます。日本人の偉い人は、よく失言します。人前で話す訓練を経ていないからです。話したことに突っ込まれる訓練もしていないのです。
日本の聴衆は寛容です。だから、音声コミュニケーションがしっかりと確立していないのです。
 人前で印象よく話すことは、ますます重要になってきています。そういう面では、ヴォイトレがますます重要になってくるでしょう。

 

 

○声を鍛える

 

声楽家は、西洋式のノウハウで声を変えていきます。役者や声優さんの場合は、日本語ですから、オペラの声を使うわけではありません。声の世界は、けっこう混沌としているのです。
 ヴォイストレーニングにも、いろんな学校があり、いろんな方法があり、いろんなトレーナーがいます。資格はありません。声の使い方を教えるところが多いのですが、私は声の使い方の前に、本来、自分のもっている声を充分に活かす、そして、その前に声そのものを鍛えるところからスタートするとよいと考えています。役者や声楽家のもつ条件づくり、つまり、日本人のワクを超えて声そのものを根本的に変えることから実践しています。

 要するに、今までに声が大して鍛えられていないのですから、声を強くし、タフにするということです。そこまで遡って基礎からやっているところは、ほとんどありません。
 ですから、ヴォイトレといいながら、声そのものはほとんど変わっていないところが多いです。声の使い方を変えてきれいに聞こえるようになったり、少し声域が広くなってうまく聞こえるようにはなっているくらいです。これだけでは、プロの現場では、とても耐えられないのです。体調の悪いときや少し齢をとってきたら、対応できなくなります。そのときに必要な条件というのは、歌がうまいとか、声がよいということではありません。のどが耐えられる、のどを壊さないということです。スポーツ選手でいえば、怪我をしないことです。

 ヴォイストレーニングで、声の使い方に加え、自分の声の勝負所を知っていることが強味となるのです。その辺は、歌や芝居はもとより、ビジネスで成功している人も同じでしょう。
 長期的に、第一線で現役を続けるには、本当の意味での声のトレーニングが必要なのです。
 トレーニングというのは、長期的に続けられるようになるということが、目的の一つです。

 

 体で考えるとわかりやすいのですが、たとえば、ミュージカルのためのダンストレーニングがあるわけではありません。そういうところに入れる人は、器用にいろんなものを踊れるのですが、本気でやっていこうとする人は、クラシックバレエに通います。クラシックバレエを踊る必要はないし、小さいころからやっている人にはかなわないのですが、それは、基本のフォームづくりと体の管理のためです。クラシックバレエの基本を毎日、続けることによって、動きが美しくみえ、体を機能的に使え、怪我をしなくなります。股関節などを柔らかくすると、いろんなジャンルやコンテンポラリーなものにも対応できます。体がいつまでも若く、使えるようになるのです。私の考えるヴォイストレーニングもそのようなものです。
 つまり、本当のトレーニングというのは、今すぐに役立つことではないことを、どれだけやっておくかということです。長期的にみて確実に実力をつけていくのと、長く続けるために声を表現に耐えられるだけのものとしてキープするために必要なのです。

 

 さらに、過剰に使わなくてはいけないときにも耐えられるだけの余力をつけておくということです。一日に普通の人の何倍も体や声を使わなくてはいけない場合でも、体調や気分が最悪の場合でも耐えられるようにしておくことです。
 声には健康状態が反映されますから、切り替えて使うのは難しいものです。付け焼刃のレッスンでは通じません。

 

」今の日本のミュージカルなどでは、声楽の基礎をやっておかないと、のどを痛めてしまうこともあります。自分の声の限度がわからないからです。たとえば、演出家が「もっと声を大きく出せ」と言ったら、きまじめな役者さんは、そのまま声を大きく出し、声をつぶしてしまいます。
 「声を大きく出せ」ということは、声を大きく出すことではなくて、声が大きく聞こえるようにすることです。声楽出身の人は、それまでに徹底して大きく出すことと高く出すことをやっています。なので、自分ののどの状態を知っていて出すので、悪い状態になるのを避けられるのです。声は大きく出さなくとも、大きく聞こえるように出すのです。この辺ができるかできないかが、生き残っていけるかどうかの鍵になってきます。

 

 

○声への判断力をつける

 

 研究所には、トップクラスの人も声を壊した人もきます。
医者にドクターストップと言われている場合、トレーナーは難しい判断が迫られます。
 たとえば、のどにポリープができて手術して、医者が「半年間は絶対に声を出してはいけない」と言っているのに、現場では、二週間後のステージで声を出している人もいます。そういうときに、誰がどう判断するのかということです。本人以外、誰も全ての責任を持っては判断できません。無理をして悪くなってしまう人と、けっこう平気な人がいます。同じ人でも違ってくることも多々あります。それを経験からくる勘で判断します。必要に応じて専門家と組みます。セカンド、サードオピニオン制をとっているのです。

 

 最終的には、トレーナーの直感的なもの、勘になってくるのです。レッスンをして、トレーニングを積むということは、そういう判断力を磨いていくことになります。
 たとえば、体の調子が悪くて、声も風邪っぽいとします。そういうときに、どういうトレーニングをどのくらいするか、中止にするか一つをとっても、さまざまな考え方があります。
 少し調子が悪いからと、すぐに休めていては上達しません。基本的な考え方を知った上で、それに応じたトレーニングを継続していくことです。

 

 トレーニングは、今日でなく明日のために行なうものです。つまり、明日によりよい状態にするためにするのですから、やりすぎてはいけません。

 

 一年のうちには、調子のよいときばかりではありません。どんな状態のときにも舞台があるからです。自分の一番調子がよいときだけ、人前に出るという仕事ではないのです。むしろ、最悪の状態のときに、どれだけカバーできるかが問われます。それは、私たちも役者や歌手でも同じです。そういうときに声が出ないと信用も仕事も失ってしまいます。
 そういう意味でも、体と声に対して鋭くなって管理できることは、絶対条件です。
 これは、ビジネスマンや人前で話さなくてはいけない人にとっても、同じではないでしょうか。政界のリーダーには、日本ではまだそれほど問われていないのが声の力です。国際舞台では、致命傷になることもあります。

 

 

○声は長期的にみること

 

 プロの歌手や俳優は、何歳になっても、若々しい声を出しています。このあたりの秘訣を本にまとめました。(「人は正式に…」講談社)
 モテ声というのは、関心の的です。男女の間において、声というのは、第二次成長期での顕著な違い、つまりセクシャルな象徴でもあります。

 

 私は、トレーニングしている人がどうなっていったかをみてきました。そこで何が違うのかがわかってきました。舞台に出てやっていける人というのは、歌がうまいとか声がよいということだけではないのです。声も含めて、相手に魅力的に働きかけられる人しか残っていかないということです。
 十代から二十代の前半で世に出た人でも(その時期が一番売れやすくチャンスなのですが)、仕事の続く人は、トレーニングに通い続けているのです。

 

 カラオケで声をよくしたいという人もいらっしゃいます。本を読んで、自分でできるところまでやっていくにも、声ほど難しく、勘違いをしてしまう分野はないかもしれません。
依存心が強い人が多くなって、メンタル面も大きな問題となってきています。
最近は、ヴォイストレーナーもたくさん見ています。

 

 

○声の聞き方

 

 「人は見た目が九割」(竹内一郎)というベストセラーの本のなかに「ヴォイストレーニングを必修にしてもよいと思う」という提言がありました。
 私はいろんな仕事や芸事と関わってきましたが、けっこう声の力は大きいと思います。自分の声の力でいろんな仕事もとれたと思います。なんせ声のことを仕事とするのに、声が決め手となっていなくては、誰も認めてくれないでしょう。

第一印象がいい方もいらっしゃるし、そうでない方もいらっしゃいます。しかし、ビジネスや人間関係を続けていく場合に、第一印象は、必ずしも確かな信用になりません。その場ですぐに売るような商売にはよいかもしれませんが。
 第一印象は確かに大切ですが、誰かにコーディネートしてもらえば、それなりに演出できるのです。自分でも客観的にチェックできます。それとて、もう一つ上の方からみると、メークも服装も取り繕ったところは見えてしまうものですが。
 その点、声は知っている人にはよくわかるのですが、知らない人には見えないという分野です。つまり、努力次第でかなりのアドバンテージが得られるのです。

 

 医者の問診と同じで、相手の声の状況から、どれだけの情報をとれるかということは、大きくビジネスに関わってきます。声の感じは、コミュニケーション、人間関係を反映しているからです。
 ビジネスに関わっている人には、声をどういうふうに使うかというところから入ります。しかしその前に、声をどういうふうに聞くかということがあります。
 たとえば、歌い手さんや声優さんになる人は、まず耳を鍛えることが必要です。それをビジネスでいうと、話し上手になるには、聞き上手になることにあたります。
声から、どれだけ情報を読み取っていけるかが、次に声でどう対応するかの前提になってきます。

 

 

○伝えることと伝わることは違う

 

 話は、慣れていくと誰でもできるようになっていくものです。最初は緊張してどきどきしたり、頭が真っ白になったりしていても、ある程度、場を重ねると、話せるようになってくるわけです。
 ただ、話ができることと、それが伝わることには、大きなギャップがあります。そこに気づかない人が多いのです。要は、こちらが伝えたつもりで声を投げかけてみても、それがどのように捉えられたかはわかっていないということです。
これが一番はっきりとわかるのが、芸能の分野です。特に、お笑い芸は、はっきりします。
相手の表情や拍手の量で、また来ていただけるかどうかでわかります。ビジネスでは納得したら買うのですが、芸能の場合は、感動しないと買ってくれませんから、厳しいのです。

 

 ビジネスでも、そこから声を捉えてみるとよいのです。営業マンなどは、一番わかりやすいと思います。ジャパネットたかたさんは、声の力で流通革命を起こしました。何億円と稼ぐオレオレ詐欺も声一つの使い方です。
 コミュニケーションにおいて、声を本当に駆使していったら、人の心まで操れるということです。そこには、うさんくさいものもたくさんあります。芸能も、歌や話で人からお金をとるというのは、元々うさんくさい。それが人に喜ばれ、芸の真価として問われるレベルであってこそ、価値があるのでしょう。

 

 声の使い方にはマニュアルがあります。どのテンポで、どういう声、どのピッチ、どういうことばを中に入れていくかが明確にわかります。これをいい方向に使えば、ビジネスでも有効です。つまり、ヴォイストレーニングは、どんなビジネスともかけ離れているものではないということです。
 ともかく、今の時代、声という分野を深く捉えておくことは、大きなメリットになるのは間違いありません。

 

 

○自分の声を知る

 

 声に意識的に気をつけて、毎日の日常を送っていることと、いろんなものが新しく見えてきたり、自分や相手の声の使い方に注意することによって、相手を動かしやすくなります。そこはコミュニケーションの基本です。
癒しやスピリチュアルということで声も使われてきたようです。声がよく出る状態が心身のリラックスであるために、結びつきやすいのでしょう。

 

 何の分野でも、ビジネスリーダーというのは、声が使えなければ人は動かせません。リーダーは大体、話がうまいとか声がいいということでなくとも相手に伝わる声の使い方をしています。そこから学べることもたくさんあります。とにかく、自分の出した声が、相手にどういうふうに聞こえているかという立場で、もう一度、自分の声を捉え直してみるとよいでしょう。

 

 役者やタレントは、自分の録画を見てチェックします。私たちも指導をするときに、そういうやり方をとることがあります。
ご自分の歌声や話し声を録って聞いたことはありますか。あまり自分の声というのは聞きたくないものです。
 これにはいろんな理由があります。一つは、自分が普段イメージしている声と違うということです。他の皆さんに聞こえている声と、自分自身で聞いている声というのは、少々違うのです。自分で聞こえている声は、骨振動で響いているので体の中(内耳)からも聞こえています。自分に聞こえている声の方が若干低いです。
録音はマイクを使っているので、生で聞こえている声と違うのですが、充分に参考になります。
 自分の声だけがリアルタイムで他の人が聞くようには自分では聞けません。その聞けない声を、相手は聞いているわけです。

 

 外見は、鏡でみてチェックできます。声も録音して、自分で聞き返してチェックすればよいのです。
 大体の人はショックを受けます。自分の思っているイメージでは、「もう少しよいはず」などと疑うわけです。しかし、それが現実です。何となくTVのタレントなどの声と比べてしまうからです。彼らはプロなのです。
 よく声にクセがついていると思う方もいらっしゃいます。自分で聞いている声は慣れていても、外部に出ている声には違和感があるのです。
 たまに大きな問題のある方もいますが、多くの場合、皆それぞれによいのです。ただ、自分の声に慣れていないだけです。ですから、安心してください。周りで「声がいい」と言われている人でも、ある部分だけを聞いてみると、けっこう変に聞こえるものです。まずは聞き慣れていくことです。

 

 声は出した瞬間に相手のもの、相手へのプレゼントだと考えてみましょう。声には伝える相手がいるのですから、相手がそれを欲するかどうかですから、価値は相手が決めます。そうなると、明るくハッキリとした声、それを聞くと心地よく元気になる声、さらに加えるなら、体の免疫が増すような声がよいでしょう。屈託のない笑い声は、最高の声の一つです。
それぞれの人に声があり、個性があります。しかし、そこで全部OKにしてしまうと、トレーニングなどどうでもよくなってしまうのです。声をよくしようとか、トレーニングしようと思ったときには、一つ上の基準を持たなくてはいけないのです。

 

 

○声と生活

 

 斎藤孝さんの「声を出して読みたい日本語」のベストセラーは、日本語の音声を身体を使って味わうものでした。しかし、日本語の雑学ブームと古典的な名文紹介へ変わっていきました。彼は「体を揺さぶる英語入門」という著作で、日本人からすると演劇的なことばとして日常の英語を紹介しています。私たちは日本語をしっかりと身体から発しきれていないということです。
 「脳トレ」の川島隆太さんの音読では、頭をよくするとか、ボケ防止のために声を使います。ピアノで指を使ったり、ウォーキングをするのでもよいのですが、声の方が即効的です。脳を使うだけでなく、振動やリズムを伴うところがよいのです。
 体調が悪くなって、風邪を引きそうだというときには、声に予兆が表れます。毎日、声を出していれば、健康法にもボケ(認知症)防止にもつながるのです。誤飲の防止にもなります。
読経などもよいでしょう。心身の健康のために声を使うことは、これからも広がっていくと思います。

 

 引きこもり、ニートやいじめの問題も声に関わっています。大きな声が出なかったり、声が変だということは、いじめられるきっかけとなります。ここに来る人もいます。声と関わることは、まさに社会の縮図としての問題と対することになります。
 とにかく、声を出す生活を送ることです。電話でもよいですが、毎日、できれば直接、誰とでもいいから話すことです。誰かに会い、声を出して何かを伝えるということは、心身の健康上、大切なことなのです。そのことだけでも毎日行っていたら、悪い方向にはいかないのです。
引きこもりというのは、声を出す機会を逸することです。学校や会社を休んで、友達や家族など、誰とも話さなくなると、誰でも調子が悪くなります。
人間は社会的動物なので、体の調子が少々悪くても、学校や会社に行って誰かと話すうちにリズムが取り戻せるのです。うつ病なども、このリズムが壊れることが、その一因になっているといえます。

 

 

○危険防止の声

 

 現実問題として、学校の先生が声を出せなくなってきています。声が必要なのは、「危ない」と危急のときに叫ばなくてはいけない体育やスポーツ部の活動の先生ばかりではありません。自分やまわりの人を守るためにも、声は必要です。海外では大きな声で「ヘルプ」と叫べなければ危険です。
 昔は、点呼や号令、校歌を歌うなど、声を出す機会がたくさんありました。今はそういう経験の場がありません。幼稚園の発表会でさえ、録音された音声がバックに流れるのです。その方が皆が楽なのですが、よくないと思います。声をきちんと出せるという人間としての基本能力は、衰えさせてはいけません。
 たとえば、日本のバスには、誰でも押せるところにたくさんのボタンがついています。海外ではボタンが少なく、声を出して運転手にいうか、ボタンの近くの人に声をかけて押してもらいます。日本では、こうした過保護なサービスが多いせいで、耳や声が鍛えられないともいえます。

 

○声の効力

 

 声は他人との一体感を高めるのに、とても効果的です。スポーツクラブでは、かけ声をかけて練習します。声を出すと大きな力が発揮できます。声によって集中力を維持したり、モチベーションや連帯感を高められます。
そこで、会社の社員などに、声を出す指導をしているところもあります。駅前で大声を出すことで有名な「地獄の特訓」のようなものは、一時ほどやられていませんが、今も重宝している超優良会社もあります。
日本の若い人には、大人になる儀式がなくなっています。何か抵抗のあることでも、苦労して乗り越えると自信がつき、その後は楽になるのです。営業マンとして毎朝、何十本も電話をかけていたら、2、3本かけることくらい何とも思わなくなるものです。

 

 経営者は、声で従業員やお客さんの心をつかまなくてはなりません。
 たとえば、声を大きく出さなくてはいけないような居酒屋には、合わない店員は辞めていくのですが、そこにはまっていく人は、それが心地よくなって居ついてしまうのです。
 声を出すことはよいことで、出しているうちに声の力もついていくことになるので、明らかに声が変わるのです。まさに武道にも通じることです。
 せっかく声を出せる体で生まれたのですから、自ら体からの声を出して欲しいものです。

 今の若い人たちの問題は、ほとんどが、声を出すことへの抵抗というメンタルな部分での問題です。それを支えるフィジカルの力も欠けています。これには、体力や集中力、持続力なども含まれます。フィットネスやヨーガなども、その技の習得よりも、メンタルカウンセリングのようなニーズといわれています。
 声は技術と精神とが分かち難いのです。
 「一週間、眠れていないんです」と言われたら、ヴォイトレのトレーニング以前の問題です。
 歯科医の知人に「歯は、歯だけをみていればいいのですね」と言ったのですが、声には、心身の状態が反映されます(よい歯科は歯だけをみているわけではなく、予防に力をいれていますね)。
 うれしいことがあったら声は明るくなります。悲しいことがあれば声が悪くなったり、出にくくなったりします。人間の心理と深く結びついているのです。
仕事や日常生活でうまくやっていきたければ、そこで役者のように感情と声を切り替える力を持たなくてはいけません。
 声は、思いから発してリアルな現実となります。ビジネスは奥深いものと思いますが、現実的に働きかけるのは、いつも一声からです。

 

 自信を持ったら声がよくなるし、愛されるようになるという本(「愛される声に生まれ変われる本」)を書きました。今の女性の幸せが、たくさんお金を持つことやいい男性にめぐりあうことだとも思いませんが、声をよくすれば、もっと魅力的になり、幸せになれるし、お金もつかめるのというのは、まんざら嘘でもないと思うのです。何よりも、声がよくなれば自信がもてるからです。

 

 

○呼吸と間

 

 ヴォイストレーニングで押さえていくことの一つは、声に対して敏感になっていくことでしょう。そこから相手の心の機微をつかめるようになって、適切な声で対応ができるようになります。
 声をコミュニケーションに使うなら、相手と呼吸を合わせるということです。声は息でコントロールするのですから。これはクレーム処理などの基本です。

 

 たとえば、感情の起伏が激しい相手の言い方でカチンときても、そのときに、すぐに呼吸を切り替えられたら納められます。相手の声に引きずられ、同調してしまうと火に油となります。
 相手が怒って言い方が強くなり、呼吸が速くなって声も甲高くなってきたときには、相手と異なる自分の呼吸を保つことです。いきなり怒っている相手を落ち着かせるのは無理です。相手のペースに合わせるような感じで、相手よりも声は落とし、相手よりもおだやかに、呼吸をゆっくりにして対応することです。すると、相手もしだいに落ち着いてきます。

 

 これは、音楽療法で使われている「同質の原理」です。暗い気分や悲しいことがあったときに、明るい音楽を聞かせて「明るくなれ」と言っても無理でしょう。こういうときには、暗い音楽から聞かせて、だんだん明るいものに変えていくのです。
 処理の下手な人は、その逆のことをやってしまうのです。相手以上に高い声を出し、相手以上に速い呼吸で、相手よりも強い言い方で言ってしまう。こうなると、煽っているのですから収まらなくなります。ベテランになってくると、声そのものの力に加えて間のとり方がうまくなってきて、相手の気持ちをコントロールできるのです。

 

 日本の場合は、あまりそういうお手本がありません。昔、ラジオで、講談家の徳川夢声が、「夫婦喧嘩のときの間」を使えといっていました。それは、まさに絶妙な間です。向こうが言い返したら、間をはかって、パンチの効いたことばを返すというような間、今の若い人たちには、口論や議論はあまりないかもしれませんが、その辺を意識するということも大切なことだと思います。
 以前、外交官の方がいらしたときは、「長く議論していると、カン高くなるから」と、低く太い声をキープするトレーニングをしたことを思い出します。

 

 

○声の力の必要性

 

 トレーニングにいらっしゃる人は大きく二つに分かれます。
 一つは、自分の声に自信をもっていて、さらにそれを高めたいという方です。女性の管理職などもよく来られます。プレゼンテーションをするときや大勢のいる場で話すときに、どうしても声で負けている気がするということです。
でも日本人の場合は、声の力を思う存分発揮する方が問題です。声で勝つと、人の心がつかめなくなるのです。
欧米のように、声力とスピーチ力を磨き朗々と話すようにしたら、どうでしょう。日本では、必ずしも周りの期待に添えません。日本では、その場で勝っても、勝負で負けるということも多いです。

 

 つまり、声力だけでは主流派になれないということです。一匹狼として、独自のスタンスでやっていくというのであれば、それはよいのです。ただ、あまりしゃべらないで、最後に一言、まとめる程度がよいのでしょう。
 ですから、声の力をつけるのは、まずは相手の心の声を聞くためです。

 

 声を鍛えるのは、大きな声を出すためではなく、小さくても通る声、相手に伝わる声をコントロールできるようにするためです。また、不調のときも、それをカバーできるようにするためです。
 日本人は、音声での強い表現力をあまり好みません。歌を比べてみたら、そこは欧米とは違うことがわかるでしょう。国際的にみると、日本人は音声の力が弱いのです。他の国に比べて、あまり声を使わない民族です。

 

 そういう意味では、一見、声のトレーニングとは反するように思えるかもしれませんが、声の力は持っているのにこしたことはありません。どう使うかは別の問題です。小さな声、弱い声の方が、体がなくては使いにくいからです。
 ヴォイストレーニングで大きく条件を変えたいのなら、日本人で日本語を話して日本で生活していることを、いったん忘れるのも一手です。

 

 

○声のニュアンス

 

 今の若い人は、声の使い方に対して鈍感になっています。
 私の子供の頃は、友達の家に電話するときは、メモを用意していました。大体、向こうの親が出ますから、敬語をメモしておくのです。緊張しながらの電話で誰が出るのでしょうか、その声にドキドキしていたのです。
 今は相手のスマホに直接、SNSで送るので、相手の声やそこから状況を考えません。それだけでも、ずいぶん声に対する神経というのはなくなったでしょう。ラジオもあまり聴かないでしょう。

 

 となると、ことばの裏を声のニュアンスで読むことができなくなるのです。大きな声で怒られたこともないから、声に拒否感を示す程度もわからず、声と体のセンサーが結びついていません。「もう来なくていいよ」といったら、本当に来なくなるのです。声からいろんな情報をつかむということ、声の真意をみるということができないのです。

 

 人間はことばだけでコミュニケーションしているわけではありません。ことばで言っていることと真意が逆のこともあります。その声の調子ならどうなのか、本音を読んでいかなくてはいけないこともあります。極端にいえば、人間ですから、ただ虫の居所が悪いときだってあるのです。
 それをどこかで誰かが教えておく必要があるのではないかと感じています。ことばだけで受けて動くだけでは、マニュアル人間です。受けた声に、自分の声で最良の対応ができてこそ、仕事も生活もうまくいくのです。

 

 あなたに理不尽に怒鳴る親とかスパルタの上司などがいたら、声に敏感になるでしょう。自分の機嫌や気分が悪いだけで人にあたるような人の近くにいると、声から気配を察するようにもなるのです。そういうなかで、人は、「今、これを言うとまずい」とか、「ちょっとタイミングをはずして言ったほうがいい」という判断ができるようになったのです。
 こういうことは、本当は人と人がうまくやっていくためには、とても大切なものです。そこがおざなりになっているような気がします。KY(空気が読めない)などということばが流行したのも、そういうことなのでしょう。

 

 昔は政治家などが手本を見せてくれたのです。表でケンカをして、裏ではしっかり握手をしている。人の世は、グレーで、ダブルスタンダードの世界です。ビジネスにもそういう部分があります。それが若い人たちにはわからなくなっています。そこを、声から聞き取れたり伝えたりできるようになったらよいと思います。

 

 役者は、そういうトレーニングを積んでいきます。同じことばをいろんな感情を入れて伝えます。
 トレーニングというのは、おおげさにやっていくのがコツです。最初は、「目で泣く」とか「目で笑う」ことはできません。だから大笑いをしてみて、あるいは号泣をしてみて、そのときの目を覚えていく、やがて、目だけで語れるようになる、というのはトレーニングの成果です。大きく体を使って覚えた大きなイメージで、最小の体の動きで最大に伝える術を学ぶのです。
パフォーマンス力、これも日本人は国際的に劣っています。
 人前で表現した体験がたくさんある人はけっこう応用できます。しかし、トレーニングでは、そういうものを早く応用が効くように身につけていくのです。

 

 トレーニングというのは、ふつう何年もかかることを早くできるようにする、あるいは、トレーニングしなければ絶対にできないことをできるようにするものです。なかなかそこまでトレーニングを続けていく人は少ないものです。

 

 社会でも家庭内でも、声一つでケンカになったり、声一つで仲良くなったりするでしょう。私は若い人に、「メールではなくて電話をかけなさい」と言っています。自分から声をかけることで解決することは多いからです。
 そこまで声が使えないなら、「電話ではなくて、直接、会いに行きなさい」と言っています。その方が電話より簡単です。実際に会いに行けば、ほとんどのことは解決するからです。そういう行動力が伴わないために、悩んでいる人が多いのです。それは、そういう経験が少ないからだと思います。自ら声をかけることが、その人の人生を大きく変えていきます。

 

 

○声の相性と限界

 

 声というのは、高さ、強さ、長さ、音色などで分けられます。「自分の声のマップ」を作ってみましょう。
 心に強く残ったことばなどは覚えていますか。心に強く残った声はどうでしょうか。「話がよかった」という場合もあるでしょう。でも、どこかでその一声が残っていたということはありませんか。
 声にも相性もあります。よい発声といっても、声というのは、匂いと同じで、よしあしについても個人差が大きいのです。声の判断には、聞く人の好みや体験が入ってくるからです。

 

 いかによい声であっても、もし聞いている人に、小さい頃、そういう声の人にいじめられたといった嫌な経験があるとしたら、よく思われないでしょう。
 声は受け手の聞き方に左右されるのです。そこは見えないところです。理由もなく嫌われているということもあるでしょう。そういう声で嫌な思いをした人にとっては、当たり前のことが、相手にはわかりません。
 モテ声のように、プライベートな関係では、この声を目指しましょうと一つに絞ることはできないのです。しかし、ビジネスやコミュニケーションには、こういう声が好まれるというのはあります。それを私たちは、声の機能面から評価して習得させていきます。

 

 声がその人のキャラクターに合っているかどうかも大きな要素です。
 もって生まれた声帯というのがあります。どんなにある声を理想にして目指しても、誰もがそうなるわけではありません。もともと、そうした声を出しやすい人には有利ですが、そうでない人にとっては難しいし、不自然になってしまうからです。
 これが楽器などと違って、ヴォイストレーニングを複雑にしている要因です。
 声にはできることもあればできないこともあります。自分を知らずにアプローチしても、いい結果にはならないということです。

 

 常にTPOを踏まえることとともに、そのことばや声の後ろに何があるのかということを見ていく必要があります。相手の育ちもあれば、経験も、その日の気分もあります。声の受け止め方も十人十色です。その都度、柔軟に対応を変えていかなくてはいけないのです。

 

 

○声は印象

 

 ビジネスも舞台も、終わってから何が残ったかが勝負です。
 そこから、リピートしていかないものに関しては、仕事にならないし、舞台も成り立っていきません。大切なのは、あとに何を残していくかということです。声でいうのであれば、どういう声を最後の印象として残すのかが、大切です。

 

 声は、ことば以上にいろんなメッセージを伝えます。声自体もまたセンサー機能を持っています。体調が悪いときには、よい声は出ません。舞台では当然ですが、ビジネスやコミュニケーションにおいても、それを切り替えて使う力が必要です。

 

 よくアドバイスしているのは、「一番嫌な人に、一番好きな人に対する声を使いなさい」ということです。これは即効性があります。人というのは、相手が嫌な顔をしたら、こちらも嫌な顔になります。嫌な声で嫌な言い方をされたら、こちらもそうなります。それを把握していない人は、とても損をしています。
同じように言ったつもりが、他の人のは好感をもって皆に受け入れられたのに、あなたのは「不快だ」とか「何か裏がある」などと思われたら、どうでしょうか。それが積み重なると人生が大きく変わってしまいます。
 ですから、自分がマイナスイメージを与えている声だと思う人は、声を大きく切り替える力をつけるほうがよいでしょう。自分の声を演出するのです。

 

 声を切り替える力を備えていくのは、ヴォイストレーニングでも大きな課題です。俳優などは、泣いたあとに急に笑い出すことが平気でできます。人生を90分くらいで演じるわけですから。しかし、これはビジネスや人間関係にも通じます。

 

 相手の健康状態、気分、本音など、隠れたメッセージがあります。それを第六感で見抜いていくように声でつかむということです。こういうことを続けていくと、勘もよくなり、超能力者のような能力がついてくるでしょう。

 

 

○声づくりの条件

 

 声の大きさは、第一条件です。声量がなければ伝わりません。大小や強弱というのは、ヴォリューム、圧力です。グラフにすると振幅です。
次に、高さをどの辺にするかになります。高低というのは波の数、周波数です。人の好む、聞きやすい高さがあります。
 さらに、音色があります。これらを組み合わせて、どういうふうにコントロールするかということになります。

 

 ヴォイトレというと、よく姿勢や呼吸を聞かれます。発声のメカニズムを簡単に述べておきます。
 肺があり、ここから呼気、吐く息が出ます。この呼吸が声のエネルギーになります。
 それから、声帯で息を音に変換します。ギターでいうと弦を弾くところです。
 それを口とか鼻から出るところまでの声道で、共鳴させて大きくし、音色をつけます。
この3段階が、発声のための楽器としての体のメカニズムです。
 本来、ヴォイストレーニングは、ここまでのことを中心に整えます。

 

 母音というのは、口の中で舌の位置を調整して出すのです。ここまでは楽器の音でできます。
 人間には、その上にことばがあります。ことばというのは、構音(調音)します。つまり、発音します。唇や舌や歯とか、いろんなところで息を妨げ、子音を作っていくのです。ことばの音に区切っていくのです。
 この4つの段階それぞれに、いろんな問題が出てきます。それをヴォイストレーニングで解決していくのです。

 

 たとえば、呼吸を深くしていきます。外国人の場合、あまり腹式呼吸が問題にならないのは、日本人に比べて小さい頃から大きな声でけっこう強く長くしゃべっているからです。人前に出てスピーチするようなことを彼らは常として、相手と対話しながら育っているのです。
 まずは、相手が一分間ほど話しきるまで、何にも言わず聞いています。日本人のように、話しかけたらすぐに相槌を入れて、あいまいなまま、大して考えなくても会話が進むということはありません。対話というものは、いわゆる第三者が聞いていても成り立つように開かれたものなのです。

 

 相手を説得しようとしたら、お腹からの息で声を動かさないといけません。外国の言語は、子音が多く、息が強い強弱アクセントですから、呼気圧を高め、息をしっかり吐かないと、ことばを発せられないのです。その深い息が声になります。
 ところが日本語の場合は、母音中心で高低アクセント、そんなに姿勢をよくして強く息を発する必要がないのです。強い息では、高低がわかりにくくなります。口もあまり開けずに言えます。
さらに、コミュニケーションの違いがあります。その分、トレーニングで体、姿勢、発声、共鳴などを補強する必要があります。

 

 海外に1、2年住むだけで、日本人も声が大きく響くようになります。声でしっかり表現しないと、まわりの人とうまくコミュニケーションがとれないからです。これは、言語、文化と風土の違いです。
 ですから、最初のトレーニング段階では、ここまでのことをやります。できるだけ日本、日本語、日本人、日本人の生活から離れてみることです。国際的なレベルでは、人間は、もっと楽に声を出しているのです。日本人の多くはそこまで使っていない、鍛えられていないのです。

 

○声の基本能力をつける

 

 表現での問題は、そうして得た声をどこで使うのかです。日本ですから、もう一度、日本人向けに戻すことです。トレーニングである以上、強化したあと現状に対応するのに戻して調整するのは当然です。最近は、邦楽の方もいらっしゃいます。そこで、日本古来の発声法なども見直しています。

 

 音楽などでは、次の世代の感覚でやっていかなくてはいけないのですが、若い人の頭の中では、デジタルの音楽やゲームの感覚が主流です。正座もしゃがむこともできない。そうなってくると、どこにアイデンティティを持てばよいのかとなります。
昔はジャズとかゴスペルでも、発声は日本の唱歌や童謡などから始めていたわけです。ところが、今は、唱歌も童謡もまともに歌っていないのです。ベースとして戻るところがないのです。

 

 スピーチがうまくなりたいという場合は、草稿を正しく読むことよりも、何も見ずにスピーチして録音し、それがどう伝わったかをチェックしてみてください。
 これは日本人に欠けている部分です。日本でのアナウンサーや演劇や落語家のトレーニングのようなことは、欧米では基本教育に入っています。日本でいうと、役者のトレーニングのようなものを、日常からしていないから難しいのです。

 

 ヴォーカルも今や、声という素材をどういうふうに音楽として組み合わせるかというところの勝負です。豊かな時代は、耳だけではなく、五感が満足しないと納得できなくなっています。ビジュアル面での演出も不可欠です。
 セールス、接客などをやっている方や経営者やリーダーのように人前で話される方は、声をどう組み立てたらよいのかを学んでみてください。読経というのは、邪気を払います。般若心経などもお勧めです。

 

 声のことで、最後に加えておきたいのは、とてもコスパがよいということです。よく眠れないとか、気分が安定しないという人には、声は有力な処方箋になります。ストレス解消に最適です。
日頃から声をたくさん出すように努めてください。
声は全身を使っていきますから、健康的だと思います。それを続けることによって、声の再現力や応用力をつけていくのです。

 

 日頃から声に関心を持たれている人は、そう多くはないことでしょう。だからこそ、チャンスです。声を見抜ける人、声を利用できる人は、今後どんどんと活躍の場が増えてくるのではないかと思います。