ブレスヴォイストレーニング研究所

「アーティストは”声”で決まる」

 

 

◯3つの目的

 

最初にお話しするのは、目的です。

まず1番目に、耳と体を変えるということです。具体的にいうと、音の聞き方と息と喉を変えるということになります。

 

2番目には、音楽の捉え方について、です。

日本人の持っている感覚を、強弱感覚に、メロディ感覚をリズム感覚に、言葉とか詞で読み込むのを、音楽を読み込むことに、です。音楽とは楽器の演奏の世界と思ってください。

私たちは歌の言葉でのストーリーによって感動します。しかし一方で、言葉のない楽器の演奏を聞いても感動します。

日本語の場合は高低アクセントですので、強い息を使いません。強い息では高さがわからなくなるからです。そのために呼吸ということがとても足らないのです。これは、日本人の生活や風習、文化環境から来ています。

歌は、その人の声と言葉があることが強みです。その声の音色自体と声の動きをより聞き取ってみようということです。

 

最後に3番目ですが、歌を、歌詞の個性によって、3つに分けてみます。

1つ目は声そのもの、2つ目はフレーズ、3つ目は組み立てです。

このように分けたのは、日本人であることによって、すでに声が出にくく歌いにくい前提が含まれているからです。

それ以前に戻って、耳や体をより対応しやすくしていくと思ってください。

これが基本というよりは、生活している中で基本の中で足らないものがあるので、あえてそこを補強しようという考え方です。

 

 

 

〇課題曲1「心遥かに」(カンツォーネ イヴァ・ザニッキ)

 

これは冒頭の所の(「冷たい言葉聞いても」の「冷たい」のところを使います。レミファミのメロディですが、これを低い高い低いと捉えるのが日本人です。tumetai のta、つまり、ファのところを強くして、弱い強い弱いと捉えてみてください。日本語のアクセントとは違ってきます。つまりtaのところに強アクセントがつき、その前後はそれに巻き込まれるようになるわけです。

 

私たちが歌おうとすると、日常の会話の声と違ってしまう、いや違うものだと思って声を使ってしまうわけです。まずは歌うということで出てくる高低、大小、長短の感覚をなくしたいのです。

声域に関しては、1オクターブくらいで歌っている話している外国人が1オクターブちょっとの歌を歌っているのに対し、日本人は半オクターブもない域で喋っていて、1オクターブ半の歌を歌うのですから、無理に不自然になっているのは当然です。

私が役者の声に注目したのは、舞台の上では日本人でも、1オクターブくらいの声域で表現しているからです。しかも声量、音色があります。そこからスタートした方がよいのです。

 

ブレスヴォイストレーニングの根本というのは、声を体から出せるようにすることです。鍛えられた役者のように、スピーチで感動させる外国人のように、声そのものを変えていくのです。

そこの違いは、日本人に比べて、声を強く太く使っていることです。低い場合も多いですが、これは日本人が、不自然に高くしているからでもあります。

そして、生の舞台で通用する声、つまりマイクや音響などに頼らないで、しっかりとプロとしての差を示せる声を目的にしています。一声聞いて、違いがわかる声ということです。

 

 

◯高音発声に入るまえに

 

ここまでも、これから話すことも、すべてのプロに絶対の条件ではありません。

私なりにヴォイスのトレーニングを踏まえ、それを実践していくなら、基本としてセットしておきたいことです。ですからこの条件には当てはまらない、プロ歌手もいますし、それが決して劣っているというのでは、ありません。

ヴォイストレーニングということで、声を鍛えたり磨いたり調整していくときに、どう考えたらよいのかということです。

 

多くの人は高い声が出ないからと、そこから入ります。そして一音、高い声が出たとか出なくなったということで一喜一憂していることが多いと思います。もちろん、出ないよりは出たほうがいいし、高音域が広がるのは、目的の1つです。

しかし、ポピュラー音楽に関しては、声域として1オクターブと2、3音あればほとんど充分だといえます。安定して保てればよいのであり、それが決定的な要因にはなりません。

まったくの初心者を別として、テクニカルに高音を出していく方法はないわけではないのですが、表現から見て、そこが魅力のある声であり、自由自在にコントロールできなければ、高いレベルにおいては使えるものではありません。

 

極端な例ですが、男性が女性より高いところで歌いたいと思って、それにトレーニングを傾けるというのは、可能性としては、ほとんどなく、むしろ、もっと強みを活かせるようなことを妨げてしまいがちなのです。

ハイトーンで歌ってはいけないのではなく、もともと歌えるのならそれでよいし、またそういう人もたくさんいるわけです。それがうまくいかない人が最低限のフォローとして行うのはよいのですが、それ以上に優先すべきことではないのです。

完成品を買ってくれば演奏に有利になる楽器と違って、声の場合は、体の個人差がとても大きいからです。苦手というなら磨いてみても、それが得意な人よりも強みになる可能性が少ないということです。

 

 

〇声の4つの要素から見直す

 

声には4つの要素があります。高低、大小、長短、音色です。このうち最も分かりやすいのは、音の高さ、つまり高低です。歌で高音が出ないとか裏返ったとかで失敗する、これほどわかりやすいものはありません。ですから、それを避けたければ高音発声をマスターするというふうになりがちです。

ヴォイストレーニングのほとんどはその目的に費やされているのかもしれません。高音を出せるようにするというノウハウは、とても多いのです。高音を出せる人が歌がうまいと思う人が増えたし、高音を使う曲も増えたからです。

 

カラオケなどでは以前は音程やリズムが悪い人が多く、歌がうまい人は、それがきちんと取れる人でした。その前は、大きな声が出る人でした。

なぜこんなに変わったのかというと、マイクなど音響機器の進化、カラオケでのパーソナル化が大きいでしょう。

となると教える人も、高音が出るから、それを教えるとなるわけです。この件については、これまでも論点などをたくさん述べてきたので、私の他のブログを参照にしてください。

 

結果として何が起きているかというと、体の中心から腹の底から、しっかりと声が出る人がどんどんいなくなっているということです。

歌は芸術文化の世界ですから、必ずしも歌の魅力や声量インパクトで勝負する人ばかりでありません。しかし、役者や声優等も同じですが、きちんと体から声を出していなければ、体調不良のときや歳をとってくると、声がうまく使えないようになります。

長く芸事を極めていきたいのであれば、心身ともトレーニングして、それに備えていくのは、舞台芸術の基本中の基本です。つまり、優れた体と呼吸、声を手に入れていくということです。

 

 

〇声量と話声域

 

言葉で強く表現しようとすると、声は、強くそして高くなります。

この辺は、生理的、科学的な分析として、高音発声は、息の強さでなく声帯の使い方ということで、否定されることが多くなりました。しかし、それは歌唱における、日常会話以上の高音発声の域であり、話声域のせりふで強く使うと、声門閉鎖を強くしてそれを強い息で声帯下圧で開けて発声する、いや、そんな仕組みを考えなくても、日常の中で考えてみればよいのです。怒ったり笑ったりして大きな声を出せば、声が高くなっているのです。低くなっている人はいますか。この話声域と歌唱域の違いについては、先ほど述べた通りです。

 

ブレスヴォイストレーニングにおいては、まずは話声域、そして理想は、広がった話声域で歌えるようになることです。つまり、しゃべるように話すように語るように、歌える歌手を理想としています。

これを体験したければ、話しているところの半オクターブで、しっかりと聞かせられるような音声表現をしてみてください。それで3階の客席まで届くようなことが、欧米の舞台のプロ歌手の条件です。日本人で中音域でたっぷりと聞かせられる人は、非常に稀なのです。

 

 

〇課題曲2「愛の別れ」

 

これはカンツォーネの王様と言われたクラウディオビルラの歌唱です。日本語で歌っている方です。その発声と発音を感覚的に入れてみてください。まずは呼吸の深さや長さをそれだけで聞いてみるとよいでしょう。さらに出だしの1フレーズ、サビの1フレーズを練習してみましょう。

できたら、イタリア語で歌ってみましょう。カタカナを振ってで構いません。耳コピーで大体のところで構いません。その後に日本語で歌ってみるとよいでしょう。

日本語のアクセントとは反するところもあるにも関わらず、この歌を聴いてみると、日本語が音楽的であり美しいと感じる人も多いでしょう。

本場で王様といわれる技量がどのくらいのものかがよく学べます。

カンツォーネの女王と言われたミルバもですが、一流のなかの一流の歌手の歌唱は、生真面目にとてもストレートです。ある意味で面白みに欠けるかもしれませんが、基本の延長上に歌唱があるという意味では、ヴォイストレーニングの発声の見本とみてもよいのかもしれません。

 

 

〇課題曲3「さよならをもう一度」

 

尾崎紀世彦です。日本人の実力派の代表的な歌手です。

ヒット曲として「また逢う日まで」もよいのですが、この曲の方が大きくわかりやすいので取り上げました。

最初のスキャットの「ララララーラララーララララーラララ」をコピーしてみましょう。

「このままいると壊れそうな2人だから」この辺のフレーズが練習にはよいでしょう。フレーズ感やメリハリがわかってくると思います。

 

 

〇課題曲4「サイレントナイト」

 

ゴスペルの女王マヘリアジャクソンの代表曲の一つです。Silent Night、Holy Nightまでのところでも充分でしょう。次の法律家All is calmでは、最高難易度を持ちます。誰もが歌っている曲でも歌い手が違うと、ここまで違うのです。

 

 

〇課題曲5「カルーソ」

 

カンツォーネ&ファドの歌手である村上進の絶唱です。「お前を愛した」のフレーズで練習してみてください。

 

 

〇課題曲6「どん底」

 

無名塾の仲代達矢さんの朗読です。日本の“役者声”としての代表として取り上げました。三船敏郎はじめ、黒澤映画や時代劇の役者には、見習うべきところが、多々あります。

太くしっかりした声というのをよく聞いてみてください。セリフで、きちんと伝えるところには息が通っていること、息で動かしていること、きれいに発声するよりも息声にして体の呼吸を感じさせることで伝わっていることを確認してください。

 

 

〇課題曲7「私の孤独」  

 

ジョルジュ・ムスタキの作品の仲代圭吾さんヴァージョンです。

「長い間一人で、一人きりでいたから、死ぬほど寂しくて」

それをまずセリフで徹底して読み込んでください。そして、その感じを失わないようにしてメロディを処理してみてください。

実際の歌では、わびしさや寂しさみたいなところを声で表現していますが、基本を学ぶときにはそこまでの応用表現は要りません。この歌唱をまねないで、フレーズとして確実に音をつないで言葉を処理する練習をしてみてください。

 

 

〇課題曲8「セレーナ」

 

ジルダ・ジュリアーニの作品です。

イタリア語で読み上げて、そのままメロディに載せるという私のいう「メロディ処理」の基本練習です。

日本語で「あなたがいなくなってこの辺も寂しくなった」でも構いません。ただイタリア語のほうがやりやすいでしょう。

フレーズについては、「セレーナ、イエロ、セレーナ」のフレーズでコピーしましょう。

 

 

〇課題曲9「アルディラ」

 

 これは、ベティ・クルティスです。リズミカルな方でなく前奏が楽譜通りにきちんと入った方のヴァージョンのがわかりやすいです。

冒頭のスキャットの「ラララ…」は流れていますが、その後の「アルディラ」の歌い出しのフレーズからは、息によって体の見えるような入り方をしています。つまり声に芯があり、息があり、重さがあるわけです。

ci sei tu のところでの息を聞いてみましょう。

ここまで聞いてみた歌い手、役者に共通する要素です。

 

 

〇課題曲10「LIVE FOREVER」

 

イタリアのジョルジアのヴァージョンです。この曲も深い息によって動かしていることが出だしから、よくわかると思います。声で歌を動かすことを学んでください。

 

 

〇課題曲11「明日にかける橋」

 

ジョルジアのヴァージョンで、ほぼ11分にわたって音楽が展開されています。最初の呼吸から発声のフレーズ、そこで示したオリジナリルのフレーズを持って、最後まで描いてくれるというような展開です。

この1曲を自由自在におおらかに大きく構成し、アレンジして歌いきっています。ボクサー並みの集中力と体力が伺えます。

 

 

〇課題曲12・13「神の思いのままに」

 

 日本人シャンソン歌手堀内環で聴いてから、本家のジルベール・ベコーで聴いてみてください。

同じ歌なのに、まるで違いますね。

クラッシック出身の人に影響された日本独自のシャンソン的な世界観も伺えます。

ここから日本人と欧米人の音の捉え方から、あるいはポップスと声楽の感覚の違い、表現の仕方に感覚の違いがはっきりと出ています。

 

「何もないただの私、哀れな男さ、だけど私はあなたを愛し、私のすべてはあなたのもの」

 

まず日本人は、高低でメロディを捉えます。ベコーは打楽器的に声はリズムをとっているように聞こえます。さらに、歌詞に合わせて歌を表現している堀内に対し、ベコーは、声を音色として、その音色によって、1番の強さを2番では弱めて効果をあげています。これを聞いて若い子が2人泣いたのを見たことがあります。それは、歌詞でなく音色の力なのです。

日本人が歌に泣かされるときは、ほとんどが歌詞によってです。しかし、本場のミュージカルなどでは声が長く伸びたり、2つの声が合わさっただけで感動に胸が震えることもあるのです。日本のミュージカルでは、ほとんどはストーリーで感動させるところまでしか至っていないように思います。

 

今の若い人が、このような声楽出身のシャンソンやミュージカルの歌い方を聞くと、きっと、とても上手くて声が良くて技術の高いプロ歌手とは思うでしょう。しかし同時になんとなく難しく古いとも感じるのではないでしょうか。

一方で、世界的にヒットしたアーティストの歌唱は、伴奏やアレンジこそ、時代の古さを感じても、歌唱そのものは新鮮でリズミカルに入ってくるのではないでしょうか。

極端な例えですが、グループサウンズと、ビートルズやモータウンのアーティストの歌を聴き比べてみてください。日本で今、流れても違和感のないのはどちらでしょう。それが文化を超えたところの、国も時代も超える一流の作品と見ることはできないでしょうか。

 

 

〇課題曲14「枯葉」

 

サラ・ヴォーン ジャズの第一人者です。シャンソンからジャズになって、さらに広く知られた曲です。しかし、この曲においてはほとんど跡形もなく変えられています。5分半にわたり、ほとんど休みなく、多彩な発声やフレーズ、音色、高低強弱、まさにジャズでのアドリブが連続しています。

日本人で、プレイヤーの演奏を従えて、このように完全にリードしてセッションしているようなジャズ歌手は見たことがありません。アドリブをコピーしたりスキャットをコピーしたりしてなんとかこなして歌い上げているわけです。ただのMC役になっていることも多いでしょう。

声を自由自在に、楽器のように使えること、楽器の人たちの即興演奏ができるコード上のフレーズナビが入っていないと、とてもセッションなどできないのです。

 

 

〇課題曲15「パリは不思議 〜愛の流れの中に」   

 

ジルダ・ジュリアーニです。

出だしの「si パリはなんて不思議な町なの、、、」

サビのところの「ナポレオン、ドゴールの心、、、」

 

 

〇課題曲 16「キサスキサスキサス」      

 

ラテンの女王といわれた坂本スミ子の歌い方は、出だしではとても小さく入ります。声は充分に持っているのでサビになると強烈に音色が出てきます。「アカシアの雨に打たれて」の西田佐和子に通じるところがあります。

 

それと、キューバのテレサグラシアとの比較です。とても有名な曲なので、フェイクしています。AABAのシンプルな構成を、スキャット、アドリブ、コーラス等をつけて思うがままに展開しています。しゃべるように簡単に楽にリズミカルに歌っていますね。

 

これも先程のベコーと同じように、日本人のベテラン歌手のように歌おうとするととても難しいでしょう。それに対して簡単に歌いこなしているわけです。簡単にこなせるということが、実力です。アスリートでいうと、同じシチュエーションで、とても危険なプレイでファインプレーをする二流選手と、同じことをシンプルなプレイで自然にこなしてしまう一流選手との違いのようなものです。予知能力の感覚や身体能力の高さがあると、見ている人に難しく思わせないのです。そこが真の基礎力の違いになります。

 

ですから学ぶときに、どちらを念頭に置くかによって方向性が全く違ってきます。

複雑に難しくしたものは、時代とともに淘汰されていきます。国を超えることも言語を超えることもありません。

 

 

〇課題曲 17「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」

 

販売されていませんが、「タイム・トゥ・セイ・グッバイ」の、中島啓江と布施明のデュエットも大したものでした、松本隆の詞です。

「光の消えた街        見つめ合う眼差しだけがしゃべりすぎ、言いかけた言葉を汽笛がさらう、タイムトゥ、、」

 

 

〇課題曲 18「上を向いて歩こう」

 

さらに、美空ひばりの「上を向いて歩こう」です。コロンビアから出た千夜一夜に1001枚のアルバムが入っています。そこでは7色の声、つまりプロ7人分の声を駆使した美空ひばりの歌唱の全てが出ています。

戦後の、米軍キャンプやイタリアフランスのポップスの影響を受けた実力派歌手たちの学び方とは別に、ひばりは、ベースとして大正時代の日本の様々な歌を入れています。その才能は10代で開花したわけです。

歌は音楽ですから、入っていないものが出るわけがないのです。いかに入れるのかというのがとても大切です。その耳と声のコントロールについて、まとめました。

 

 

〇くせをまねない

 

歌い手の個性では、美空ひばりもクセがあります。ひばりに限りませんが、歌い手のクセのところにとらわれると基本から大きく外れてしまうことは注意することです。それは演出面として分けてみておいても良いと思います。

 

ヒット曲にはいろんなイメージが付きまとっているので、カバー曲で聞く方が、歌い手の本当の力がわかります。それもマイクなしのアカペラがベストです。

 

 

〇歌曲の本質を盗る

 

しかし、調子のよくないときやうまくいかないとき、失敗を回避するのにどのようにしているのかということも、その歌手の本質がよくわかるところです。

例えば、声の力や身体のコントロール力が落ちてきたときに、それでもプロとわからせるところがどこなのかをみるとよいでしょう。

かつて大きく歌い上げてきた人たちは、そのデッサンを思い浮かべるように、最も肝心なメリハリのところだけを、声で示します。いわば、点と線、ベクトルということです。

この時にファンの人やその曲に馴染んでいる人は、聞いて勝手に補正してイメージをつなげてくれるのです。ですからそこに甘えずに、伝わるかどうかを厳しく見なくてはなりません。そのレベルになってくると、もはや声量ではなく、いかにオリジナルのデッサン、フレーズで一貫して描けているのかになります。

 

 

〇マックスとミニマム

 

ただし、トレーニングにおいて、いつも言っているのは、目一杯大きく大げさに作っておくということです。普通ではありえないほど、全身で泣き笑い叫んでおいて、それを目だけとかちょっとした仕草だけで表現できるところにまで、収斂させていくということです。

 

これが基本と応用の大きな違いです。アスリートで言えば、基礎トレーニングは、体力をつけ筋トレをし、体を鍛えることです。応用はトレーニングは本番に対して最大のパフォーマンスを発揮するということです。

そのために余計な力をとっていくのです。つまりマックスにしてみてからミニマムにする、できるだけミニマムでマックスの力を発揮できるようにしていくということです。本当にミニマムでコントロールするためにはマックスの力が必要です。

基礎トレーニングはその力をつけるためのトレーニングです。整えるようなところから入るのは、もはや可能性のスケールを小さくすることにほかなりません。

私に言わせると、ほとんどの場合、調整に終始していて、基礎の力をつけるに値していません。トレーニングしてきたのなら、一声1フレーズでわからせられるものでしょう。

 

 

〇課題曲19「シナ」

 

アフリカのサリフ・ケイタです、最初の30秒でいや最初の5秒で充分でしょう。

大西ライオンの一声を、日本のミュージカルや本場のミュージカルの一声で比べてみるといいと思います。「ライオンキング」ですね。

 

 

〇課題曲20「アドロ」

 

グラシェラ・スサーナの日本語歌唱と原語歌唱で聞き比べてみましょう。日本語がいかに難しいかということもわかります。十分に伝わりますが、原語の方が、より力強く自然なフレーズで聞こえますね。

 

 

〇課題曲21「君に涙とほほえみを」       

 

曲は、カンツォーネで布施明のデビュー曲です。ボビーソロの出だしでどうぞ。

最初の、「セ ピアンジアモーレ」で、ボビー・ソロは、フォークっぽいところがあるので、もう少し深めにするとよいでしょう。

 

 

〇課題曲22「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」 

 

これはトニー・ベネットです。FlyのFをここまで伸ばせるか、です。

この子音を単音として捉える感覚は、とても難しく、歌唱がカタカナになりがちな日本人の不得意とするところです。

今の日本人歌手は英語の発音が綺麗なりましたが、英語に聞こえない人が多いです。声が浅い、つまり息が浅いのです。そこは、外国語で歌う人を歌唱から日本人と見分けられる最大のポイントです。

 

昭和の頃の日本人の歌手は、発音としてはカタカナで英語発音としてはひどく悪いのですが、音色としては、しっかりと英語声を持っている人も多かったのです。何よりも日本人の観客が発音などわからなかったので、どうでもよかったのです。

 

日本で音楽の勉強をきちんとした人は、音程やリズム、発音に厳しいのですが、そのためにもっと大切なものを見逃しています。

これはトレーナーの特徴でもあるのですが、正誤で指摘できるものは、教えやすいので、そこに集中してしまうのです。教えられた人はそれが勉強だと思って、また教えてしまうわけです。

もし歌っていて、「音程、リズム、発音がいいね」などと褒められたら、「歌になっていない」と思ってください。

 

 

〇課題曲23「私の神様」と課題曲24「恋人たち」

 

シャンソンの女王エディット・ピアフから2曲

 

「私の神様」は、「モンデュモンデュモンデュ」これにはいろんな訳詞がありますが、

「あな、たの、愛が」を使います。フレーズの練習にはシンプルなのがよいです。

誰でも取れる音程、リズム、メロディです。ただ、ここで表現できるのか、聞いている人を引き込めるかどうかが、音色の世界なのです。

 

「恋人たち」は、著名な作曲家でもあるシャルル・デュモンが歌っています。とても味のある声の歌い手です。そのバックでコーラスをつけているピアフの声や動かし方を学んでみてください。「あなたの歌を聞くとき恋人たちは泣くだろう」私は、この訳詞が気にいってます。

 

 

〇課題曲25「愛は限りなく」

 

ジリオラ・チンクェッティ。出だしの部分を、イタリア語で歌ってみて日本語で置き換えていく、日本語はセリフとして読んでみて仕上げてから、入ってみてください。

「雲が流れる空をあなたの胸の白いハンカチのようなその白さが胸に染みる」

この白を重ねていくのがポイントです。

またサビの展開構成のところは、とても勉強になると思います。

 

 

〇課題曲26「インシャラー」

 

「雪が降る」などで、日本ではお馴染みのサルヴァトール・アダモです。反戦歌です。決してよい声ではありませんが、サビのフレーズを使ってみてください。「ル・ネオン」などもおすすめです。少し応用になりますが、ニコラ・ペイラックの、「そして親父は」なども面白いです。

 

 

〇課題曲27「ラヴィアンローズ(薔薇色の人生)」

 

これもシャンソンからジャズに入りポピュラーになった曲です。サッチモことルイ・アームストロングのトランペットで十分に味わってから、彼のだみ声のシャウト唱法に入ってみてください。聞き比べてみるとよいでしょう。

楽器のプレーヤーとしての表現の仕方でそのまま歌に入っています。

この辺になると、日本人の感覚と歌そのものに対する捉え方が全く違うことがよくわかると思います。声の芯とフレーズ、前に押し出していくような、吐き出していくような感覚、サッチモの声そのものの魅力から始まっているとみても良いでしょう。ただし彼の声を真似るのは白人でも声を壊しているのでやめましょう。

 

「マックザナイフ」エラフィッツジェラルドと渡辺えり

ジャズ歌手の第一人者。声の芯と共鳴については、あまりに多才なサラ・ボーンよりも一貫しているので、わかりやすいと思います。

 

 

〇まねとオリジナリティを見分ける

 

それほど体から声の芯から歌ってないように思えて、その基本は持っていて応用しているようなヴォーカリストはたくさんいます。

 

イヴ・モンタンは、「枯葉」で有名ですが、「兵隊が戦争に行くとき」こういう反戦歌で聞くとわかりやすいです。

 

金子由香利さんの「ハンブルクで」 

あの話し方と歌い方に魅了され、息で話すようなシャンソン歌手がたくさん出ました。

 

憧れたり真似たりするところから学び方を間違える例です。癖といってもよいでしょう。

大体の場合、創始者は、基礎を持っているのですが、それを受け継ぐ段階で、創始者の周りにいるファンが似ているスタイルをよりうまいと評価してしまうので、どんどんそうなっていくのです。演歌の北島ファミリーなども、です。師匠に似ていくのが、上達となり、師匠のファンには受け入れられやすいからです。

 

そういう意味ではあまり、影響を受けすぎないほうがいいヴォーカリストもたくさんいるわけです。演出面や応用テクニックが強く出ている場合です。その方がテクニカルに見えてウケがよいからです。

基本でしっかり歌っているところを気づく方が難しいのです。そこは地味なので、つまらなく面白みに欠けるように思いがちです。

どうしてもそういうふうに流されるので、学ぶのであればどこを学ぶのかは気をつけたほうがいいということです。

新鮮で面白く、刺激的で、これまでになかったことをやればオリジナリティと思わないことです。

 

 

〇お客さんの評価

 

日本人のお客さんはとても保守的で、新しい試みを嫌がるのも特徴です。歌い手がクリエイティブになれない、あるいは革新的な表現を認められにくい土壌があります。

もちろんファンのせいではなく、アーティストとしての歌い手の精神の問題です。どの国もヒットしたものに対するノスタルジーはありますが、日本人は特にそれが歌に対して強いようです。

 

若いときのヒット曲をオリジナルのキーで歌えていたら「すごいー」という程度の評価です。

歌い手も人生で成長するのですから、キーやテンポも歌い方も違ってきて当たり前です。それは来日する歌手に対しても同じようです。誰もが知っている曲、日本語で歌う曲に対して、日本人はやけに心を動かされるわけです。

 

日本では、デビュー曲が最高の歌唱ということが多いのは、一度、ヒットして歌を覚えられてしまうと、お客さんはその歌手に会いに来るのが目的となるからです。歌唱そのものよりはMCなどに共感を得るのは、そのためです。

歌が成熟していくのでなく、荒れたり流れたり自分勝手になったりしていても、お客さんはその変化を喜び、全面的に支えてくれます。

これはとてもありがたいことですが、作品不在、芸術面、ショービジネスとしても厳しい指摘が全くなされず、歌い手の歌唱のさらなる可能性と将来性をつぶしているのです。

ステージに出るほど歌が荒れていき、デビューの頃にしっかりと体から歌っていた人もだんだん声が出なくなる、そういう流れを再三、見てきました。

 

日本では、それぞれの曲について、プロであっても、歌い手が自分の最適のキーやテンポをきちんとつめていないように思うこともたびたびです。まわりの関係者の方が音楽について詳しいので、その指示に従っているのです。そこに本人の声そのものを重視する視点が欠けていることが多いのです。

 

 

〇フレーズ課題

 

フレーズで勉強になるところを上げておきます

・「恋の季節」  

サビ「恋は私の恋は空を染めて燃えたよ、死ぬまで私を一人にしないと」

・「二人でお酒を」      

サビ「それでもたまに寂しくなったら」

・「水に流して」

「私の胸の中には」

・「ラノヴィア」

「白く輝く花嫁衣装に、」  サビ「祭壇の前に立ち、」

・「ブルースカイブルー」西城秀樹

フレーズ「目にしみる空の青さを思う」

・「スローバラード」忌野清志郎の曲ですが、和田アキ子さんバージョン

フレーズ「悪い予感のかけらもないさ」

・「人形の家」弘田三枝子

フレーズ「埃にまみれた人形みたいに私はあなたに命を預けた」

 

 

〇その他の参考曲

 

・「帰り来ぬ青春」シャルル・アズナヴール、今陽子、深緑夏代

・「影を慕いて」森進一

・「約束」       雪村いづみ

・「般若心経 第九バージョン」つのだ☆ひろ

 

 

 

参考:福島英のヴォイストレーニングとレッスン曲の歩み