集中力を強化する 60のヒント

(やる気の起きないときのモティベートのかけ方、テンションを高めるには)



(6) あなたが集中できるものを見つけよう


50 集中できるのも死ぬまで!?

 どんな人でも、集中するときがあります。それは、その人が運命を宣告されたときです。神の審判は神のみぞ知る、私にはわかりませんが、極端な例でいうと、死刑判決です。裁判の判決は、誰しも神妙に聞きますね。その線上で、遺言、合格発表、試合、大会、辞令、昇進、査定など、人生の中では、自分の為したことに対しての賞罰が下される機会が幾度かあります。
 そのとき、誰しも集中します。これまでの結果として、受け止めるとともに、これからの人生の方向−目標に対しても、影響を与えるからです。

 あるいは、医者の診断です。病気、ひいては、自分はいつ死ぬのか、それには、誰しも敏感です。過剰に反応せざるをえません。できたら死は逃れたいものですが、誰でも、あなたも私も、確実にあと100年後は絶対にいないのです。私は、もうその半分近く生きたので、さして、残りの生が長い時間でもないことを知っています。

 目標の行き着くところ、期限は、死ぬまでです。目標がかなおうと、かなうまいと、そこで自分の人生は終わります。他人の死に接するとき、私たちは敬遠な気持ちになり、集中します。その人の死は、自分の死ともつながっているからです。それとともに、二人の関係も、ともあれ、この世では、切れるのです。そういうところから、死生観、死に向かう人生への覚悟というものができてきます。
 どうせ死ぬなら、「目標を立てても同じだ」でなく、「どうせ死ぬからこそ、集中して生き抜きたい」ものですね。だから、私たちは、人生でそれを成し遂げた人の、太く短く生きたドラマを見たがるのです。集中するには、死と生をきちんとつなぐことです。明日までしかないと思えば、今日、集中するものでしょう。


51 何に価値をおいて生きますか

 限られた生命を燃焼させようとすると、誰でも自分のなしていることの意味、つまり、価値を見い出したくなります。ずっと集中できないということは、それが見えない、あるいは見えにくい、見失った状態といってもよいでしょう。何らかの価値を残したいというのは、他の人に与えていくことになります。仕事も家庭もその一つの手段です。その思いを使命感、人によっては、教育熱ともいいます。もちろん、必ずしも相手を想定しないケースもありますが。

 偉業を成し遂げた人は、必ずその目標を見据えて生きたはずです。しかも加えて、使命感−自分がやらなくては、という思いがあれば、これは何はともあれ、集中してしまいます。「自分しかいない」「自分ならできる」「自分だけができる」、仮に思い込みでもよいのです。偉大なことでなくてもよいのです。こうなると、おのずと集中力が高まります。なまじ他人の世話などを、正義感にかられてやらざるをえない使命感よりも、自らの純粋な探究心に基づく集中の方が、的をそれたときに害が少ない気もします。ここでは押し売りの親切は除きたいのですが。

 怒り、呪いもまた、集中できてしまうのは、先に述べたとおりです。それが一人よがりの思い込みなのに、妙な正義感にとりつかれてやる人もいます。集中したことを方違いのことに使わないのも、時に難しいことになります。高度な犯罪にも、突発的な事件にも集中力はふんだんに使われてきたからです。

○地位、名誉
 これはプライドの項に述べました。食べ物、安全、衣食住、金銭などに満たされると、人は地位、社会的評価を欲します。いわゆる成り金もです。しかし、もともと財産を譲り受けて、そのように育てられた人の方が、そういう欲は強いかもしれません。目立ちたい、注目されたい、格好よくしたい、モテたい、衰えたくないなども、ここに入れてよいでしょう。
 多くの人に愛されたいなどという欲は、有名になりたいということと、あまり変わらないかもしれません。愛することにより、愛されたい・・・、こういういろんな欲は、集中力の原動力になることは、述べました。活用しましょう。

○愛
 愛する人、家族、妻(夫)、子供、祖先や子孫ということに、関心のない人はいないでしょう。関心、興味のあるものに集中力は働きます。特に子供には、本能的に保護本能、特に母親の母性本能は強いですね。家族の写真をみては、がんばっているビジネスマン、外国人にも多いですね。

○友情 親切心
 友人、その人に何かしてあげたい、そういう想いを大切にしましょう。

○趣味 コレクション
 誰になんと言われても、こだわれるもの、打ち込めるもののある人の人生は豊かですから、大いに凝りましょう。集中力養成に最適です。


52 偉大な力を感じて集中力に生かす

 何をおいても、集中するには、大自然のもとに戻ることです。大いなる自然のふところに抱かれるとよいでしょう。それができないときは、映画館に入って、山や海のシーン満載の映画をみるのもよいでしょう。DVDでの大画面での映像も使えそうですね。同じ風呂に入るにも、想像力豊かに、温泉気分で入りましょう。銭湯に行くのもよいですぞ。富士山の描いてあるところにね。

 その想像力を磨くために、原体験をたくさんいれておくことです。その一つが、旅です。登山もいいし、サーフィンやウインドサーフィンもよいですね。たくさん動き、たくさん汗をかきましょう。
 人間、己の小ささを知ると、謙虚になります。そして、自らの生に、命に集中しますね。
 バカになって、高いところに登ってみましょう。飛行機の窓から、地球を見ましょう。下を見るのもよし、上を見るのもよし。星を見ましょう。宇宙を感じましょう。
○自然、海、山、動物、植物、宇宙


53 旅、アンダーグランド

 旅とは、否応なしに集中させてくれます。非日常の異次元体験、初体験の連続、ドキドキのオンパレードです。食べたり、買ったり、見たりするのが、旅ではないのです。旅は、自分への冒険です。体力、気力の限界に挑むくらいに、欲張って行動してみるとよいでしょう。
 特に、危険地帯や飢餓という状況に接することがあると、日本では半ば去勢された、自己防衛本能が働きます。これは、強い集中力を呼び戻します。恐い目に会うのはともかく、少しは汚い目にあうのはよいでしょう。私は、マレーシアで病院に、インドから帰って腹痛で倒れました。
 体の痛みって集中しますね。歯医者に行くと、私は集中をどう切ろうかと、苦労しました。
 何でも痛みには大きな呼吸で対応するしかありません。胃カメラを飲むのにも一苦労ですね。


54 人間

 他人に会うと、集中力はマイナスのときも、ある程度、ゼロへリセットされます。
 好きな人や気のおけない友人もよいでしょう。すぐれた人に会うと、さらにエネルギーは高まるのです。すぐれた人は、他の人にエネルギーを与えてくれます。
 TVやラジオ、CDなどで、そういう人の話を聞くのもよいことです。できたら、実物に会ってください。
 私など、こうして突っ走れているのは、そういう人に与えられた、背中を押された、勢いだけ、みたいなものですから。すいません、いろんな方々の恩恵を被っています。
 世界にはすぐれた人がいっぱいいますね。その片鱗に触れるだけで、集中パワーって、乗り移るのですよ。

 難しいことは、言いっこなし。サザンが好きなら、コンサートに行ってくるだけで、あなたの集中力は高まっています。体が疲れても、心が高まればよいのです。あなたが、他の人のエネルギーを受けて、その度に頑張る気になるか、バタンキューなら、もらっても使わなかっただけ。行動に集中エネルギーを振り向けましょう。それでも、マイナス状態がゼロになったのならよいことですね。


55 文明

 人類の造り出した偉大なる文明に触れるとき、私は驚嘆するとともに、強く集中している自分を感じざるをえません。驚き、驚愕、驚威、世界四大文明とやら、世界遺産etc、ピラミッドから、ガンジス河まで見ましたが・・・、そんなところまで行かなくても、日本にもたくさんの人類の遺産があります。神社、寺、大きなトンネル、橋、ビルディング、何でもありです。
 他の国から、都庁前まで来て写真をとっている人の気持ちになりましょう。
 身近なところでは、デパ地下でも、ドンキホーテでも感動できませんか。

 私は生鮮品売り場と家電売り場をまわるのが好きなんですね。海に想いをはせるのと、人間の知恵に感心するのとは同じです。つまり、驚き、感動こそ、集中の根源力なのですね。
 鳥をみて、飛行機をみるのもよいですね。そこに人間の夢の大きさと実現力、数多くの人々の夢にとらわれ、集中して打ち込んだ状態が乗り移ってくるのですね。
 同じ意味で、博物館、記念館、偉人館、生家、歴史的建造物などもお勧めです。南方熊楠や太宰治の館は、最近ようやく見ました。そこに多くの仕事量、そして、書簡などがあって、当時の苦労がしのばれます。病で夭折していたりすると、私もがんばろうって、集中心が出るのです。


56 本、古典、漫画

 誰でも集中するのは好きなわけです。集中させてくれるものを求めているのです。
 ですから、集中したものを作品にする人、それを買いたがる人、見たがる人と、出てくるのですね。人々が残して、次代に継承していったものは、何らかの思いをその人が受け、まあ、感動してそれを伝えたくて、伝えたわけです。
 それが自分の人生を豊かにするとか、どこかで生きやすくなる、生きにくくしているものから救ってくれると、まあ、深いところでわかっているから、興味関心を引くのでしょうね。
 本については、自明すぎるので略します。本を読む習慣のついている人は、同時に集中の術を学んだことになります。あなたが親なら子に、上司なら部下に、読書の大切さを教えてあげてください。

 本テキストでは、好きなものに集中は誰でもできるけど、それをどのように方向付けるか、現実にあわせていくのかが大切という主旨で述べています。実際に体験しないものでも、イメージできたり、疑似体験できるのなら、効果は同じというようなことで、イメージについても大きく扱っています。

 本は、そのまま、イメージを自らのものにする手順を内在しています。
 確かに、映像としては、映画やTVにかなわないところもあります。しかし、海をみても感動しない人もいる。というか、私もよほど久々にみるか、夕日などがきれいでないと、そう簡単に心は動きません。よほど悲しいことがあった日には、別でしょうけど。

 ことばや活字は、それを受け入れるために、自分でイメージ化しなくてはなりません。つまり、ことばのキィワードから、自らの思うようにイメージを作るのです。ことばと映像では、映像の方が与えられる情報量は多いのですが、こちらが集中できるとは限りません。私としては、ことばをイメージ化できることに鍛えられている方が、いざというときに強いと思うのです。映像は事実、活字は嘘という人もいます。でも、映像は編集されるなかで、必ずゆがんでいます。それに気づきにくいところが罪です。活字は最初から著者の主観で延べられています。

 ゆがみだらけだから、それで伝わるというところが真実といえるかもしれないのです。へたに嘘がつけないから、私は著者の思いの方を信じるのです。加工されているのは同じなら、集中できるのは、人の思いの強い方です。伝播するのですね。プロの文章は、何かを伝えようと絞り込んでいますから、集中しやすい。惹きこまれていきますよね。だからプロなのでしょう。
 そのことが自分に大切なことだと思えたらのことですが。そういえば、一流の書道家の書は、墨の粒子が集中しているって、聞いたことがあります。


57 アート、芸術、スポーツ、勝負

 その延長上にあるのが、芸術といわれるものでしょう。それは最初から、人々に驚きを与え、惹きつけることをどこかでねらっています。作者がそう思っていても、思っていなくてもよいのです。作品が命を持つ、ただのものが命を持つということは、そう働きかけるということなのですから。そういう効果を与えてくれるものに私は魅きつけられます。つまり、集中してしまうのです。オペラでも、バレエでも、絵、彫刻、何でも、かまいません。すぐれたものは、作者の集中力の結晶です。

 アーティストの集中の度合が、作品の質まで決めるのです。そういえば、将棋の谷川さんが、集中力の本を書いています。名人は集中のための秘訣をも得ていなくてはなれないでしょう。この書は、私の恐れ多かれ、ライバルです。スポーツも同じです。ファインプレーは芸術技ですから、ジャンルを超えてファンがつくのです。
 エネルギーが欲しくて、多くの人は格闘技を見るのです。真剣勝負は、集中力の塊ですから。賭け事でもいいわよ。


58 建築、お寺、神社、宗教心、道

 これらもアートともいえるのですが、そこにはいくつもの要素が兼ねあっているので、別にくくりました。
古いもの、残っているもの、人の信仰が入っているものの類です。そこで継承されてきた多くの人の宗教心が、集中をより強いものにしているのです。
 先に、禅で触れましたが、宗教は、死と正面から向き合ってきました。また人々の悩みを救う手段でもありました。そこで、集中するためのあらゆる方法が、宗教の中には入っています。
 お寺の鐘、木魚、薬として入った覚醒のためのお茶、数珠、お茶の作法、飛び石、にじり口、石庭、枯山水。会社での一杯のお茶も、その背景を知ると、集中への手引きになるでしょう。書道も、華道も、道がつくものは、すべて集中道といってもよいくらいです。
 ついでに、古典芸能、落語、歌舞伎、狂言もお勧めです。それで集中できる人は、i-Podにでも入れて聞きましょうね。


59 赤ん坊、子供

 赤ん坊は、DNAを次代に伝える大切な後とり、自分の子でなくても、守って愛しく思う心に集中はしてしまいますね。CMで3B、赤ちゃん、動物、美人(Baby, Beast, Beauty)は、いつの時代でもベスト3です。人の目を惹きつける、すなわち集中するわけです。

 最近は、自分の子供のことしか考えない親、自分の子供のことも考えない親、子供を欲しない親と、いろいろ、自然の摂理も人間界ではずいぶんと乱れています。環境についても、子孫のことを考えるなら、もっと配慮があるべきなのではないでしょうか。
 現代は、あまりたくさんのことがありすぎて、とても集中力が散漫になってきています。そのために人類の危機とさえ言えるのではないでしょうか。人類の進歩は、集中力とともにあったのですから。
 戦争で文明が急速に発達するのも、ピンチにあおられ、生命力が集中して、自分たちを生き残らせるため、相手を倒す武器を開発したことによります。闘うことは、常に集中を強います。

 これは、経済でも同じです。社会の競争、資格試験、受験勉強、すべて争いです。
 それで、切磋琢磨するように、集中力を高めるように組まれています。
 私自身は、これほど集中しなくてはうまく生きていけないことは、果たしてよいことなのかという議論のないことに、疑問を感じざるをえません。
 しかし、現実には、集中力が問われています。しかし、集中すると、なりふりかまわなくなる。まわりがみえなくなる。そういう集中力から、一歩高いレベルの集中力のお勧め、集中することの本質に触れていきたく思いました。大らかな生命の力に支えられる、高度な集中力にしてくださることを願っています。


60 哲学、数学

 これは、先に述べた書物、つまり活字の世界のさらに延長にあります。哲学では、抽象概念にまで集中して、頭の中に論理的に構築していかなくてはいけないからです。これを徹底していくと、数学に至るわけです。
 それとともに、倫理、宗教として、人を超えた存在から、人の道へのアプローチもあります。さらに美学、芸術からのアプローチもできます。ともかく、思考には、高度な集中力がいります。そのことについては、先に、人間がどうしてそれを手に入れたかのところで、少し触れました。理詰めで問題を解くのは、哲学だけではありません。宗教や芸術の中にもみられます。
 集中することの深さについては、一概に述べられません。ただ、どれも自らの死と生、生きる意味や価値への問いという、極めて集中を強いざるを得ない課題へのアプローチといえるのは、確かでしょう。


【参考文献】 「ヒト、この不思議な生きものはどこから来たのか」長谷川眞理子


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